回顧録ーMemoirs of the 1980sー

回顧録ーMemoirs of the 1980sー

激動の80年代、荒れる80年代。
ヤンキーが溢れる千葉の片田舎で、少年たちは強く逞しく、されど軽薄・軽妙に生き抜いた。
パンクロックに身を委ね、小さな悪事をライフワークに、世の風潮に背を向けて異彩を放った。
これは、そんな高校時代を綴る回顧録である。

就職なんて適当に決めたはずなのに、
気づけば軍隊みたいな会社で毎日しごかれていた。
文句ばっか言いながらも、
あの頃の俺は確かに青春していた。
これは、そんな若造のブルースだ。

 

専門学校の卒業が近づいてきて、
さすがの俺もそろそろ真面目に就職先を探さなきゃいけなくなった。
だけど学校に来てる求人案内なんて、
まあ見事に糞みたいなのばっか。
あんなもんに人生預けられるかって話だ。


だから俺は、学校の就活室なんて最初から当てにせず、
毎日毎日、就職情報誌を読み漁っていた。
ページをめくるたびにため息が出る。
どこもピンとこない。
俺の未来はどこにあるんだよ、と。


そんな時に見つけたのが、
のちに俺が入社することになる某メーカーだった。
一般的にはまったく名の知れない会社。
でも実は、ある業界では売り上げ日本一の上場企業。
「なんでこんな会社が情報誌に載ってんだ?」
ってくらいの掘り出し物だった。


正直、俺みたいなぼんくらをよく雇ってくれたと思う。
でもまあ、俺ってどこかしら要領がよくてさ、
決めるところはちゃんと決めちゃうんだよな(笑)
こうして、俺の社会人生活が始まった。

 

配属されたのは中央区にある東京支店。
ここがまあ、軍隊みたいな会社でさ。
始業は8:30なのに、
「8:00までには来い」
と言われる。
8:10から朝礼が始まるからだ。


朝礼当番がまず社是を読み上げ、
それに続いて全員で声を合わせて唱和。
声が小さいと叱られる。


それが終わると、
各員が本日の行動予定を発表し、
上長からの業務指示や連絡が入り、
最後に朝礼当番が 『職場の教養』 を読み上げてコメント。
……毎日これ。


ほんと うざくてやってられっか って感じだった。

 

画像はイメージです


そして毎日、毎晩、残業続き。
終電を逃して事務所に泊まるなんてこともしょっちゅう。
出張も多い。
山梨、栃木ならまだマシ。
長野、新潟、時には札幌まで。
東京支店の守備範囲、広すぎだろって。


結局この会社には3年ほどお世話になったけど、
この間は本当に忙しすぎた。
昔の仲間と遊ぶ余裕なんて皆無だった。
でもまあ、ここで叩き上げられたおかげで、
60歳を過ぎた今でも、なんとか“まともに働けてる”んだと思う。
恨みはあるが、感謝もしなきゃな。

そんな忙しい毎日だったけど、
会社には若い奴もいたし、かわいい女の子もいたし、
青春を満喫とまではいかないけど、
それなりに青春はしていた。
そのあたりの話は、追い追い。

✦ そして——「若き労働者のブルース」は始まる。