
記憶の交差点
若さがまだ体のどこかに余っていた頃、
俺は彼女とふたりで北へ向かった。
写真も記録もほとんど残っていないのに、
あの旅だけは、今でも妙に鮮明だ。
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星形の街へ向かった、あの二泊三日のこと
札幌に着いたのは、まだ若さが体のどこかで余っていた頃だった。
駅前の空気は少し冷たくて、都会の匂いと北国の匂いが混ざっていた。
まずは時計台を眺め、大通公園を歩き、テレビ塔を見上げる。
「とりあえず札幌に来たぞ」という確認作業みたいな観光だった。
夜はサッポロビール園。
レンガ造りの建物の前で写真を撮ったのは覚えているのに、
肝心のジンギスカンの写真は一枚も残っていない。
当時は食べ物を撮る文化なんてなかったし、
何より、隣にいた彼女の笑顔だけで十分だったのかもしれない。
ビールの泡がやけに白く見えた夜だった。
翌朝、レンタカーで南へ向かった。
地図を広げて、なんとなく指を滑らせて、
「このへん行ってみるか」
そんな旅の仕方がまだ許されていた時代だ。
支笏湖をチラ見し、洞爺湖をチラ見し、
湖という湖を“つまみ食い”するように走った。
どこも静かで、どこも美しくて、
どこも似ているようで、どこも違っていた。
大沼公園に着いたのは昼前だった。
モーターボートに乗り、湖面を切る風が気持ちよかった。
ところが突然、
ガンッ
という鈍い衝撃。
流木にスクリューが当たったらしい。
ボートは止まり、湖の真ん中で取り残された。
しばらくして別のボートが迎えに来て、
湖上で乗り換えるという、妙に映画みたいな体験をした。
湖畔のレストランで食べたクリーム煮は、
やけに旨かった。
でも、ひと口食べたら髪の毛が入っていた。
隣には当時の彼女。
せっかくの旅の空気を壊したくなくて、
「旨いね、美味しいね」
と笑って食べた。
若さというのは、ああいう優しさを自然にやってのける。
そのまま函館へ向かい、五稜郭タワーに登った。
上から見た星形の堀は、
地図の上でしか知らなかった形が、
本当にそこにあるんだと実感させてくれた。
風が強くて、彼女の髪が揺れていた。
その光景だけは、今でも妙に鮮明だ。
夜、札幌に戻った頃にはすっかり遅くなっていた。
適当な居酒屋で軽く飲み、
狸小路で締めのラーメンを食べた。
空いている店に入ったら、これがまた外れ。
味噌ラーメンのはずなのに、
何かが足りない味だった。
でも、それも旅の一部だった。
最終日の朝はゆっくり起きて、
レンタカーを返し、電車で千歳空港へ向かった。
車窓の景色がゆっくり流れていくのを眺めながら、
「また来ような」
なんて言った気がする。
その“また”は結局来なかったけれど、
あの旅は確かにそこにあった。
写真はほとんど残っていない。
彼女も、結婚も、離婚も、
全部ひとつの季節として過ぎていった。
でも、
大沼の衝撃音も、
クリーム煮の味も、
五稜郭の風も、
狸小路の外れラーメンも、
全部こうして記憶の中で生きている。
そして今、
35年経ってようやく、
ひとつの旅日記として形になった。

