
記憶の交差点
―板チョコ1枚を弟と半分ずつ、それが“ましな方”だった―
昭和50年以前の記憶
習志野台二丁目の商店街に、木村屋というパン屋があった
パン屋といっても、あんパンやクリームパンだけじゃない
ショーケースには、苺の乗ったショートケーキ
バタークリームのデコレーション
マドレーヌやクッキーまで並んでいた
記憶の中ではあれは「不二家?」だと思っていたが
訂正する、あれは、木村屋だった
小学校低学年の頃、母に連れられて木村屋へ行くことがあった
でも、買ってもらえるのは板チョコ1枚、それを弟と半分ずつ
いや、半分ももらえれば“ましな方”だった
時にはマーブルチョコ1本を、兄弟で色を数えながら分け合った
赤は1個多い、黄色は少ない
そんなことで揉めるのも、昭和のおやつの風景だった
日曜のお昼には、母が木村屋の菓子パンを買ってきてくれることもあった
チョコパンの甘み、クリームパンのとろみ
どんな形だったか、どんな味だったか
もう忘れてしまったけれど
クリスマスや誕生日には、木村屋のケーキを買ってくれた
バタークリームの白さ、苺の赤、スポンジの柔らかさ
甘みの記憶は確かにそこにあった
木村屋といえば、俺にとっては「おやつ半分の記憶」
半分では足りなかったけど、分け合うことで記憶は濃くなった
忘れられない昭和の記憶だ
