無礼が許される可能性を考慮すること自体がすでに、どうしようもなく無礼なことではないだろうか。
相手を目的とし、尊重するのであれば、普遍的に蛮行、あるいはその意志は許容され得ない。
礼を欠くということは、言いようもなく度しがたい。
慢心や慣れは失礼の温床である。
己の意志の格率が普遍的立法に妥当しうるか。
その検討を忘れてはならない。
最近、漠然と生きている。
よくないことである。
ゲームについて、勉強について、あるいは麻雀の牌効率について考えるのと同じように、人生のそのものの時間高率および利用価値を高めなければならない。
その時やるべきこと。
その日やるべきこと。
その週やるべきこと。
その月やるべきこと。
その年やるべきこと。
あるいは、さらに長期的な時間単位内にてやるべきこと。
いくつかのものは重複し、競合するかもしれない。
そういうものの優先度を吟味する時間は、時間のあるときにこそ重要となってくる。
つまり、ただ漫然と消費するだけの平日を省みるならば、まずはそこからである。
具体的にやりたいことを挙げよう。
今やるべきこと
時間が深くなる前に寝ること
今日やるべきこと
特になし
今週やるべきこと
実習報告会に向けてのスライドづくり
今月やるべきこと
実習の感想文作成
今年やるべきこと
共通試験および模試に対する勉強
後期科目に対する勉強
研究報告会に向けたポスター作成
やりたいこと
千菅さんへのファンレター作成(優先度:10)
ゲーム各種(優先度:1)
麻雀で強くなること(優先度:4)
痩せること(優先度:5)
シェイプアップすること(優先度:4)
部屋からものを減らし、恒常的に清潔な居住環境を目指すこと(優先度:7)
さて、当然やるべきことはやりたいことよりも優先して終わらせてしまう、あるいは継続させるべきだ。それらの目処が立ってから、やりたいことにも序列をつけ(つけた)、あるいは着手するための時間調整を行い実行すべきだ。
わかっているなら、後は実行に移すだけ。
やるのだ。