世界地図で中国の頁を開くと、先ず一番下(西南端)を見る。

 越南(ベトナム)、撾(ラオス)、緬甸(ミャンマー)が中国と接する所は西双版納(シーサンパンナ)である。

      ロープウェーから見た野生の象
     
      つやこのブログ
  

  野象谷と呼ばれる熱帯原生林中、今、百頭を超えたアジア象が生息しているそうだ。野象谷だからと言っても、運がよく場合、野生のゾウが見られる。ゾウは時々塩分や水、泥を取りに来る。今度、私たちはゾウさんが一頭しか見られなかった。お見事!


    観光客からパンをもらったお猿さん
    

    つやこのブログ
        
    つやこのブログ

 

密林中の渓流に沿い、鬱蒼と茂る熱帯原森林に入ると、象や猿などの野生動物が生息している。
 
野生の猿軍団と言えば野生かも知れないが、毎日この写真ようにして人から餌をもらって暮らしている。猿にとっては人間は餌をくれると信じて寄ってくる。そして、人間との距離を保てなくなったら、猿が人間を襲う。野生喪失の主な原因はどこにあるのだろう。
 結局、人間は野生動物と共存、共生できるか!?
゚・*★:.。..。.:☆.・゚日本&中国&台湾*一人旅の回想録*゚・.☆:.。..。.:★*・゚







    

調査内容・日程】



5月31日(土)台北(28℃位➢珍しい快晴、多少雲あり)

7:00起床。すっきりとした気分でシャワーを浴びた。それから、朝ご飯を済ませ、呉さんにお礼を申し上げた。そしてサービスのいい3名の係員にご褒美としてチップ(300元)をあげた。その中、ちょっとしたハンサムなDavidという係員は欧米に留学した経験があったという。今、初級日本語能力を持ち、東京に親戚がいるので、留学生の私に日本の留学情報を提供してほしいと頼んできた。沖縄で購読している「留学生新聞」にその情報が載っているので、送ってあげると約束した。

● 9:00「捷運」というMRT新交通(電車)に乗って故宮博物院に行き、見学した。台北到着後、「悠遊卡」という電車や、バスの乗車カードを200元分補充したが、台北での移動で電車と、バスに何回も乗車したにもかかわらず、残金がまだあるらしい。お得!

● 9:30士林駅前でバスに乗り換え。駅前の街頭で台北中医院の医師がボランティアとして無料で足の按摩しており、私も足の按摩をしてもらった。私の足に油薬を塗って、プラスチックの尺でタッ、タッ、タッと叩いた後、マッサージする。叩かれた足の皮下にすぐ内出血を起こして、青黒い斑点となったが、硬くなっている足の筋肉が柔らかくなり、先程より歩き易くようになった。医師にお礼して、バス停に移

動した。

    *★・゚*日々是好日゚・*☆*・゚*日本&中国&台湾*一人旅の回想録゚・*★*

10:20故宮博物院で国際学生証を提示し、学割(80元)で入館できた。館内は観光ツアーのお客さんで大変賑わっていた。人が混んでいるのに、展示物の前でガイドさんがお客さんを連れて、展示物を全部囲んでしまって、他のお客さんが全然中に入れず、何分間も待たされた。私はどうしても我慢できなくなり、大変迷惑だったので、ガイドさんに直接注意した。ガイドとして仕事熱心さは分るが、自分のお客さんのことだけを優先せず、他の参観者のことも考えてほしかった。これは観光ガイド(案内人)としてモラルである。

● 11:14又吉先生からお電話が何回も入った。急いで観覧しなければならない。館内の珍品があまり多過ぎるので、丁寧に観覧する余裕がない。重要な展示館201室、209室、211室、300室、303室、305室、307室、308室を中心に観覧する方法を館内係員が教えてくれた。館内を足早に回る。

* 1949年、国共内戦で蒋介石は戦敗した。彼は北京紫禁城所蔵の歴代の逸品(文物)を台湾に運んだ。元々百万点に及んでいたが、海を渡ってやっと台湾に到着した時には10分の1、即ち、何十万点しかなかった。いずれの文物も歴代王朝によって継承された至高の秘宝であり、台北故宮博物院は中国文物史の集大成である。北京紫禁城の珍宝展室に展示されていない文物を台湾で見られたのは、大変感慨無量であった。何時か大陸のお客さんが自由に参観できるといいな~と思った。

* 台北故宮博物院で最も人気を集めていた国宝工芸品の2点を紹介しよう。

①「肉形石」。沖縄に伝わってきて「ラフテー」となった。豚の(甘)角煮にそっくり似た天然石である。とろ火で醤油と黒砂糖を入れて何時間かけて煮込んだ上海の代表的な家庭料理であるが、唐の有名な詩人蘇東坡(蘇軾)によって、彼の好物といわれて名付けられた。湖南省では紅焼肉といい、濃厚ながらも、程よい甘さの柔らかい肉が口の中でふわっと溶ける上品なお味である。毛沢東の好物なので、紅焼肉は健脳という脳にいいという役割あるそうで、彼はそれを食べることによって、国事の多忙な日々の疲れを癒したという。沖縄の豚肉料理の代表的な「ラフテー」と中国の食文化は共通する。何か特別な意味がありそうなので、本物と変わらない仮製品の「肉形石」を高価でもなく、安くもなかったが、あまり躊躇することなく購入した。

②「翠玉白菜」。翠玉は中国雲南省とビルマで産出され、緑の色を帯びた物を翠と言い、紅の色を帯びた物を翡と言う。併せて翡翠と呼ばれる。瑞々しい(翡)翠玉白菜は緑の葉には蟋蟀(こおろぎ)と蝗(いなご)がしがみ付いていた。これらの昆虫は繁殖力が強いので、子孫繁栄を意味し、白菜が清白純潔を象徴しているということである。中国では古い時代から今日にかけて、王族から庶民まで玉文化或いは玉信仰が強い。特に、玉の産地のビルマと隣接している雲南省では、飾り品として誰でも持っている。 内部売店で外の品物と3点(肉形石、『故宮名品案内』、滑鼠墊―翠玉白菜図・肉形石図)日本円で購入した。合計1534元。

* 感想:5000年あまり悠久なり歴史を持つ中国では、先祖代々が創り出した輝かしい文明史の印を人類の共同的な遺産として大事に子々孫々に残してほしい。現在の中国では先進国に比べてかなり格差が激しい状況であるが、中国文化、或いは中華文明の基盤(歴史)があるからこそ、中国人として中華民族の誇りを持つのである。中国人の一員として生まれてよかったとつくづく思った。

● 12:00又吉先生と合流した。「大変お待たせしてしまって、申し訳御座いません」。一週間フリーの私がやっと先生に捕まった(笑)。楽しかった台湾の一人旅に終止符を打った(泣)。専用バスの中で私が台湾の旅についてフリー活動の経過を皆さんに報告した。私の報告は皆さんに理解できたようで、先生が褒めてくださった。得意揚々!

● 13:15台北国際青年会館に預けてあった荷物を取りに行って、それからタクシーで空港に向かった。(タクシー代は999元、9は縁起がよく永久、順調の意味を表す)。14時半台北桃園機場に着いた。搭乗手続きをした時、係員に預ける荷物の件で、荷物の心配がないようにとお願いした。係員が怪我した私を見て、特別サービスで、機内で一番目の優先席を取ってくれた。搭乗時間まで余裕があったので、ターミナル内をぶらぶらした。ターミナル内で児童芸術節の「台湾向前行 牛行全世界」の牛のテーマ展示が面白くて、沢山写真を撮った。沖縄に戻ったら、メールで牛年生れの妹に送ってあげることにした。

    *★・゚*日々是好日゚・*☆*・゚*日本&中国&台湾*一人旅の回想録゚・*★*

 *台北発(16:25)➠琉球(沖縄)着(18:40)

感想:台北桃園国際空港で初発見。到着荷物のターンテーブルにある電光掲示板に沖縄を「琉球」と書いてあった。確かに台北空港内では、沖縄行きの飛行機の行き先表示は「那覇」ではなく琉球である。今回、台湾を訪れた地元の人々が台湾では沖縄を日本とは別の国のように扱っていることを初めてった琉球沖縄が日本とは別の存在と考えられるは歴史的な経緯がある。沖縄1879年の日本政府の強制的琉球処分」により琉(置県」(又吉先生の語録)なった。この以前では中国明朝・に従属する「琉球王国」であった。それで、台湾沖縄の日本復帰を認めないと発言がしばしば聞こえている。例えば、沖縄から台湾大学の留学生は出身国の欄に「日本」ではなく、統一的に「琉球」と書くという話も聞いた。
   *★・゚*日々是好日゚・*☆*・゚*日本&中国&台湾*一人旅の回想録゚・*★*


●16:20機内で又吉先生、石堂さんと一緒になった。お弁当のサンドイッチが美味しいので、一つもらった。後ろに座ったお二人を覗いてみたら、ビールを美味しくて飲んでいた。飲みたいが、足の炎症の抗生物の薬を飲んだばかりで、ここは我慢するしかない。短時間の旅であるが、日本航空の機内サービスと比べて、台北中華空港のサービスは今一だ。

● 18:45那覇空港に到着したが、なんか帰る気が全くない。又吉先生はぼうっとして椅子に座ったまま立ち上がる気配がない私に、「どうしたの?」と聞かれて、「まだ、食べたい物があるから」と返事した。「じゃ、そのまま行ってください」とジョークをおっしゃった。台湾グルメは勿論、他にも持ち切れない未練があるかしら…。今回、台湾の旅では大きな収穫ができた。また、台湾へ行きたいと心で叫んだ。

① 那覇帰り(帰国)の手続きはややこしいや、ややこしいや。日本人よりかなり時間が掛かった。入国審査官に又吉先生と私のぺらぺらと話す日本語が聞こえて、私が窓口に出した中華民族共和国の旅券を見ないで、「日本のパスポートを見せてください」といった。聞き間違いかな~と思いながら、「ヘェ?」と確認して、審査係の視線が、私が持っている日本のパスポートのカバーに止まった。「これはカバー、カバーですよ」と説明した。指紋と顔写真をとることを要求された。日本に入国する際に必要であることは解っているが、再入国(回国)するのに、また要求されたことについて審査係に訊ねた。「日本人にはやりますか(指紋と顔写真をとること)」と質問して、「いいえ」という返事。「なんで」と再質問。「日本人が帰ってきた(日本人にとっては、国に帰ることだから)」と返事した。「私も戻ってきたのよ」と主張したら、向こう側は返事なくて無視された。どう仕様もなくて、つい口が滑ってしまった。「差別ですね~」と呟いた。それにしても無事通過。

② 那覇空港で預けた荷物を無事受け取った。荷物の検査場で、又吉先生に「足、どうしたの?」と聞かれて、「ワンちゃんに咬まれた(黒豆々、冤罪されてご免ね)」と冗談で答えた。先生は「いったいどうしたの?」と心配しそうな顔をされた。「原因不明で足が痛くて手術した」と簡単に返事した。ご心配をかけて申し訳ありません。

①到着ロビー出口に着くと、大城先生がわざわざ「光栄負傷」の私を迎えてくれた。「只今、(荷物)宜しくお願いします」。無事で戻って来ることができてよかった。又吉先生と石堂さんに御礼を申し上げて、大城先生とタクシーで帰宅した。那覇の夜、相変わらず蒸し暑い。
                       ペタしてね

【調査内容・日程】



5月30日(金)台北(28℃位曇りのち晴れ、薄日差し)

10:00 3度目の来館でやっと国立博物館が入館できた。やったー。今月は無料。台湾の原住民族館で特別許可をもらい、沢山写真資料を撮った。館内売店で台湾植民地時代の教育・文化のDVDを見た。又吉先生にそのDVDをお持ちかどうか電話で確認した。
       *★・゚*日々是好日゚・*☆*・゚*日本&中国&台湾*一人旅の回想録゚・*★*
       *★・゚*日々是好日゚・*☆*・゚*日本&中国&台湾*一人旅の回想録゚・*★*

11:30タクシーで近くの国立歴史博物館へ移動する。館内では張大千(画家)記念展や文物展を開催していた。あまり時間がない。急いで1時から始まる大佳公園で台北国際龍舟錦標賽(ドラゴンボートレース)の観戦に行く。

12:20タクシーで移動。途中、タクシーから降りて国家戯劇院と国家音楽庁の自由広場の前で記念写真を撮った。やっと大佳公園に到着した。予想外にもタクシー代は380元もかかった。200元程で行けると聞いたが、「お願いだから、遠回りしないようにしてください」と運転手さんに言いたい。
       *★・゚*日々是好日゚・*☆*・゚*日本&中国&台湾*一人旅の回想録゚・*★*

13:00ドラゴンボートレースの総決賽で、関係者から資料をもらった。現場写真を沢山撮った。会場はかなり賑やかだ。舞台ショーの前に、大勢の子供が集まっていた。祭りの屋台で美味しそうな「台湾小吃」が人気を呼んでいる。それを買って歩きながら食べる。祭りの気分は満点だ。真珠奶茶(真珠ミルクティー)はキャンペーン中で、「一本買ったらもう一本ただ」ということで、長い行列となっていた。その場であっという間に2本立ち飲みをした。飲み易くてとっても美味しい。最後に、都倫の原住民族(阿美族)の屋台で石板焼き肉と竹筒の糯米ご飯を買って持ち帰ることにした(合計130元)。台湾で初めて原住民族に出会って、中国の少数民族地域からやってきた私にとっては、原住民たちに特別な親近感を感じた。その売り場で阿美族の3人の子供に話しかけたし、マスターと妹さんとも話し合った。
*★・゚*日々是好日゚・*☆*・゚*日本&中国&台湾*一人旅の回想録゚・*★*
*★・゚*日々是好日゚・*☆*・゚*日本&中国&台湾*一人旅の回想録゚・*★*

●16:40地元で有名な廟があって、それは関聖帝君の関羽を祀る行天宮。廟内、法衣を身に纏う誦経修行の男女信徒は誦読することで消災・招福・長寿などができると信じている。私も「拜々」参拝し、「ポアポエ」という(擲筈)の卜占をした。それから三つのお御籤を引いた。①学業(上吉)「名終成」。頑張れば卒業できる。②健康(中吉)「病有崇」治らない病気ではないが、普段から注意した方がいい。③因縁(下下)「婚莫議」運命の人がまだ出現していないので、天意(神様)に任せる方がよいとの解釈であった。

台湾の民衆道教といわれている「拜々(ばいばい)」とは、参廟して神様に祈願すること。ポアポエというのは卜占の道具を投げることで、ポエは木で作られた平面(陽)と凸面(陰)の三日月形の物である。信徒は両手にポエを持ち、願い事を神様に告げながら、頃合を見計らって、地面に放り投げた様子で願い事の善し悪しを占う。ポアポエは信徒が神様の意志を判断する最も簡単な「人神対話」である。
*★・゚*日々是好日゚・*☆*・゚*日本&中国&台湾*一人旅の回想録゚・*★*
*★・゚*日々是好日゚・*☆*・゚*日本&中国&台湾*一人旅の回想録゚・*★*

18:30「公車」バスを乗って園山大飯店に行く。園山大飯店に行く道は山路である。10分程登ると着くはずというが、足が痛くてとても無理なので、やはりタクシーで行くことにした。バスに同乗したおばさんが大変親切にしてくれて、交通協管員と相談して、道端の駐車禁止地帯でタクシーを呼んで来てもらった。

18:40園山大飯店で休憩。園山大飯店は世界の有名ホテルランキングベスト10の一つとして、名を馳せている。中国宮殿スタイルの設計で、市内の見下ろしが素晴らしい。高級ホテルで気持よくのんびりしていた。宋美齢夫人(蒋介石の奥様)が宿泊のホテルだという。ちょうど結婚式があり、新郎は同姓(劉氏)といい、中国では知らない人でも同姓となれば、「家門」という同じ門中で、500年前にはお互いの先祖様が親戚だと考えている。ホテルの最上階(13階?)で「家門」の喜糖(結婚式の飴)を置いてあったので、たくさんもらった。「一喜免三災」という俗語がある。即ち、おめでたいことがあって、例えば、飴などを食べると3つの災難を避けることができるという。

さっそくフロントの係員やレストランの服務員に「喜糖」を配った。空港で両替した台幣(お金)はもう使い果して、両替しないといけない。フロントで両替しようとしたが、宿泊客のみが両替できるという。係員に相談して、特別に小金額US50ドル(新台幣1584元)を両替してもらった。今日のレートは1ドル約31.69元となっている。

② フロントで販売していた「園山大飯店製」と書いた台湾で有名な鳳梨酥(お菓子)を買った。外の店よりやや高いが、甘みを抑えた(減糖)お菓子にしてあり、見た目にも高級感を溢れる商品である。お土産として4つを購入した。合計700元(大の一つで250元、小の三つで450元)。

● 20:30台北で最も有名な夜市の士林夜市へ。タクシー代が100元以内で士林夜市に着いた。ここは観光客だけではなく地元の若者にも人気が高い。連休中、士林夜市の何処に行っても、人、人、人。通りが絶えず、日常用品やファッションや台湾グルメなどの昔ながらの店が並んでいる。唐辛子漬けの豆腐乳(小瓶20元)を買った。屋台で養殖の焼き大龍蝦(伊勢海老のようで手の平くらいサイズ)が生き生きしているのを見て、思わず一本注文して(130元)、焼き上がったら、マヨネーズソースをかけて食べた。すごく美味しかった。野菜の和え物の屋台で大勢のお客さんが行列して待っていた。「なんで人気なの?」と店員さんに声を掛けると、向こうは「大陸から来たの?珍しいね」と言った。話によると、店員さんは大陸の湖南省からお嫁に来て、この屋台で稼いでいるとのこと。「私の籍貫(元の出身地)も湖南省だよ」と言ったら、彼女はとても喜んで、親しくしてくれた。「老郷」という同じ故郷の私と邂逅したことを同僚に紹介した。「老郷」のお陰で列の中に割り込んで、注文したお野菜もお負けしてくれた。買った和え物(280元?)を持ち帰って夜食にした。今日、一日殆んどタクシーで移動した。代金1000元程。日本よりずっと安くて、安心して乗車できる。

● 10:00台北国際青年会館のキッチンで、石板焼き肉と竹筒のご飯と、お野菜の和え物を美味しく食べた。竹筒の糯米ご飯は西双版納の族「竹筒飯」と味が全く一緒だ。おかずの量が多過ぎて、食いしん坊の私でも食べ切れずに残して、明日の朝ご飯にすることにした。それから、カウンターのハンサムな呉さんにお願いして、昨夜の部屋をチェンジしてもらった。今夜はやはり8人ベッドの部屋の広間で、私一人で静かに寝られそうだ。昨夜、殆んど寝ていなかった私はやっと12時に就床することができた。   ペタしてね