京都出張のため、新横浜駅始発のひかりに乗り込む。
夜明け前に出発し、三島を超えたあたりで朝日が昇る。ちょうど朝日に照らされた富士山が見えたので、写真を撮った。
ほんの2週間前に山中湖に行ったときは、まだ山頂の辺りにしか雪がなかったのに、今は半分以上が雪におおわれている。
それから、朝霧に霞む浜名湖もいい。
朝一番の列車はいろんな風景を味わえていいかもしれない。
今日は、京都のパン屋さんのオープンの日。富士山を拝みながら、成功を願う。
今日も楽しい一日になりそうだ。
明日は、パートナーのファシリテーターのOさんと京都で打合せの予定だ。お互いの出張先で落ち合って、京料理でも堪能しながら話そうということになった。
京都の人は、「腹黒い」とか「ウラ・オモテがある」などと言われることがあるけれど、京都の人にしてみれば、それも伝統というかDNAというか、そういうものが脈々とあって、いたしかたないことなのだ。
京都は、平安遷都から明治維新まで1074年の間、ずっと首都だった。そういえば、1994年に京都では、「平安遷都1200年祭」というのをやっていたな。
京都の人は、半分本気、半分冗談で、「天皇さんはいつ京都に帰ってくるだろうか。」、「今は、天皇さんを東京に貸してあげている」と思っている。
それに、京都の人は決して「上京する」とは言わない。
昔の人は、東京に行くことを「東(あずま)下り」と言った。古くは京都に行くことを「上洛」と言った。
とにかく、首都に住むということは、時の権力者は移り変わるけれども、自分たちは権力者が変わって気に入らないからと言って引っ越すこともできないのであって、どの権力者が来ても対応しなければならない。
だから、権力者や権威には迎合する。ただ、腹の底では「この権力者は、いつ追い落とされるのだろうか」と思っている。
それが、他の土地の人から見れば「ウラ・オモテがある」ということになるのだろうか。
新幹線の中で、ヒマなので長々と書いてしまった。
