自社の商品や価格、仕組みを説明するとき、


「○○となっております。」

「○○円となっております。」

「○○という仕組みになっています。」


と言われると、違和感を覚えるのは私だけだろうか。

「なる」という言葉に、無責任さや他人事を感じる。


「3万5千円なっております。」という言葉の主語は、もちろん「3万5千円」であって、あたかも価格が勝手に3万5千円という状態になったので、私が3万5千円にしたのではない、というニュアンスに受け取れないだろうか。


価格や商品、仕組みという無生物が勝手にその状態を変化させることはなく、事実は会社の意思決定として、価格や仕組みを人間が決めたわけで、「3万5千円とさせていただいております。」、もしくは単純に「3万5千円です。」と言うのが正しいのではないか。


もし、仮にその従業員が価格の決定や仕組みの決定に関わっていないにしても、お客さんから見るとその会社の代表なわけであって、「なっています。」と発言することは、「私に文句を言わないで」という防衛線を張る、ある意味非常に狡猾な責任逃れとも取れるのではないだろうか。


ちなみに、大辞泉で「なる」という言葉を調べてみると、おもな意味は以下の通りだ。


1 物事ができ上がる。実現する。成就する。「ついに五連覇が・る」「念願・って一人立ちする」


2 今までと違った状態・形に変わる。「氷が水に・る」「血と・り肉と・る」


3ある時分・時期などに至る。「夜に・る」「結婚して一〇年に・る」/ある数値に達する。「積み上げると三メートルにも・る」「全部で千円に・る」


4 ある働きをする。作用する。「不用意な発言が紛糾のもとと・る」「将来のために・る話」


5 許すことができる。許して、よいとする。「負けて・るものか」「勘弁・らない」


6 (「手になる」「筆になる」などの形で)その人によってつくられる。「名工の手に・る茶碗」「空海の筆に・る書」


7 (「からなる」の形で)全体がそれによって構成される。「前編と後編とから・る」「組織は三部門から・る」


8 (「人のになる」の形で)他からその恩恵を受ける。「先輩の世話に・って就職する」「出先でごちそうに・る」