ある保育園で、「保育中に子供が蚊にかまれた。どうしてくれる。」というクレームが母親からあったそうだ。


「・・・・・・。」(絶句)


「蚊はかむわい!以上!」と叫びたくなる。


クレームを言われた先生がどう対応したかは知らないが、大変な時代になったものだ。


最近のモンスター・ペアレントは、凄まじいけれど、これには呆れた。


これを聞いて思い出したのが吉田松陰のエピソードだ。



幕末の思想家吉田松陰は、幼少のころ叔父から凄まじいスパルタ教育を受けたという。読書中に蚊にかまれても掻いてはいけないと教えられ、実際に頬を掻いて、折檻を受けた。


掻くことは、個人の欲であるから、公人である武士たるものは掻いてはいけないという。


「痒みは私。掻くことは私の満足。それを許せば長じて私利私欲をはかる人間になる。だからなぐるのだ。」(セリフは『世に住む日日』司馬遼太郎著より抜粋)


それから考えると170年後の日本の親は、比較するのもバカらしくなるくらい甘くなった。


最近は、子供が遭遇する障害物や痛みを先回りして取り除いてしまう親が多くなっている。親に障害物や痛みを取り除いてもらった子供は、いったい独り立ちできるのだろうか。


決して子供のためにはならない。


本当に子供のことを考えるなら、ほっておけばいい。こけたら痛いし、蚊にかまれたらかゆい、自分の意見を通そうと思ったら、積極的に発言しないといけない、強引に発言しすぎると嫌われる。


痛み、挫折、失敗、悔しさ、寂しさ、などネガティブな経験や感情は成長に欠かせないものだ。


それなのに口を出してしまう、障害物を取り除いてしまうというのは、子供のためというより、子供の痛みに親が耐えられないのだろうか。