最近、現場でファシリテーション力を評価いただくことが多い。しかも「芸術的ですね!」とか「感動しました」など絶賛される方が多い。これはこれでありがたいことだし、これまで苦労を重ねて実践してきたことが認められることは素直に嬉しい。
 
しかし、ある研修の打合せをしていて、ファシリテーション力とプログラムデザイン力の反作用というべきものに気がついた。ファシリテーション力があるということは、現場で何が起こっても対応できるということであり、何が起こっても対応できるのなら、細かくプログラムをデザインしておく必要があるのか、という考えがふと湧いてくる。
 
たぶん、ここがファシリテーターや講師のキャリアを長期的に考えたときの分かれ目なのだろうと思う。プロのスポーツ選手を見ていても、天才型の選手と努力型の選手に分かれる。練習をあまりしない天才型の選手の衰えはあっという間におとずれ、衰えに気付いてから努力を始めてももう間に合わない。一方、40代を越えても活躍している選手というのは、理論に基づいた努力型が多いような気がする。

スポーツの世界ほど、ハッキリと勝敗が出る世界ではないものの、同じ構造はファシリテーターや講師にも当てはまると思う。
 
ファシリテーターとしての直感が鈍ったときに、プログラムデザインをしっかり構築できる人であれば、ブレなく成果を出せるように思う。
 
また、なんでも統合化が好きな私としては、ファシリテーション力とプログラムデザイン力、どちらも極めていきたい。よって、これからはプログラムデザインに力を入れようと思う。