今日、ある勉強会で興味深い議論を少しした。
ここ最近、仕事上での会話に頻繁に出てくるキーワードの「やり方」と「あり方」について。

「やり方」とは、手段・方法・知識・ノウハウ等を指し、「あり方」は心の持ちよう、自分の価値観を反映した態度・姿勢を指す。

何をするにしても「やり方」と「あり方」は両輪でどちらもバランスよくできていなければ意味がない。

例えば、完璧にミスのない演奏をした(やり方)としても、そこに情熱や感情(あり方)がこもっていなければ何の感動も呼ばない。

マナーもしかり、形としてきれいな挨拶(やり方)をしても心(あり方)がこもっていなければ、相手には「慇懃無礼」などと受け取られてしまう。

どんなに理屈が通っていて正しいこと(やり方)を言われようとも、言っている人に誠意(あり方)がなければ、「おまえに言われたくない」と思ってしまう。

私はJAZZシンガーの綾戸智絵が好きだ(でもあの大阪丸出しのオバはんキャラはあまり好きじゃないけど)。本物の歌手は「悲しい」という歌詞を歌うと観客に「悲しさ」を一瞬にして感じさせることができるものだ。
彼女が歌うその悲しさや切なさは、彼女の「あり方」(いろんな苦労や経験)すべてが歌にこめられているからだ。
逆に恋愛経験の乏しいアイドル歌手が愛の歌を歌っても何にも伝わってこない。(そもそも基本的な歌唱力がないのかもしれないけど・・・。)

今日はふとしたきっかけから、『例えば、「あり方」を無人島でひとりで暮らしていても磨けるものなのか』、
それとも『人との関わり合いのない無人島では「あり方」なんてどうでもよくなってしまうのだろうか』
という議論になった。

私自身は、無人島に暮らしても切磋琢磨して「あり方」を磨いていけると主張したが、相手は他人との関わり合いがすべてであり、「あり方」など意味をなさない、と主張して平行線をたどって結論はでなかった。

みなさんはどう思いますか?