蕎麦屋は、なぜか厨房を引退したような年配のご主人が帳場に座っていることが多い。(蕎麦屋の場合は、レジとかカウンターというより帳場と言ったほうがしっくりくる)

日本橋の老舗の蕎麦屋に入り、帳場のすぐそばの席に案内された。客とご主人とのやり取りが、目に入る。

伝票をいちいち虫眼鏡で確認している姿が微笑ましい。

五十代くらいのスーツを着た男性客が一万円札を置いたとき、

「お札を裏返しに置くもんじゃあないよ。それはねえ、失礼だよ。」と穏やかに、だがきっぱりと職人気質が香る江戸弁で言った。

さらに「若くないんだからさあ、知らないとみっともねえよ。」と続けた。

「勉強になりました」と恐縮する男性に「また来てね」と笑顔で答える頑固親父。

池波正太郎のエッセイでも、彼が若いころ寿司屋の板前にマナーを注意された思い出を懐かしみ、近頃はそんなコミュニケーションが減ってしまったと嘆いていた。

そばで見ていても美しいコミュニケーションだと思った。