こんにちは。行政書士もできる往年の映画ファンgonzalezです。
訪問ありがとうございます。
最近気付いたのだが、昨年は公開40周年記念といふことでリバイバル公開されていた。なんたる不覚か。情報過疎もいいとこだ。思い出話になるが、40年前にザ・バンドを知ったのはこの映画がきっかけだった。
『ラスト・ワルツ』 The Last Waltz (‘78) 117分
梗概
「ザ・バンド」のリーダーであるロビー・ロバートソン(ギター)が、豪華ゲストを招いたイベントを開催して、そこでバンド活動を終了したいと申し出た。他のメンバーは必ずしも賛同するわけではなかったが、最終的に了承し、解散ライヴを決行。
1976年11月25日。サンフランシスコのウィンター・ランドのステージ上には驚くべき豪華アーティストがノーギャラで居並ぶことになる。
当時、「ザ・バンド」は知らずとも、マーティン・スコセッシ監督の名は否応なしに知るところとなっていた。エレン・バースティンがオスカーを受賞した『アリスの恋』(74)。そして、衝撃の『タクシー・ドライバー』(76)で我が邦において周知されるに至った。まだ『ミーンストリート』(73)は未公開だったはずだ。
やはりデ・ニーロ主役の『ニューヨーク・ニューヨーク』(77)が公開された後、間髪入れずリリースされたのが本作。
バンドメンバーのインタビューとライヴ風景を組み合わせたドキュメンタリータッチの作品である。
想えば、あの頃ミュージシャンの記録映画が相次いで生産されていた。
『ワッツタックス/スタックス・コンサート』(73)、『レッド・ツェッペリン狂熱のライヴ』(76)、『アバ/ザ・ムービー』(77)、毛色は異なるも『ミュージック・ミュージック』(80)、やや時代は経過するが『ストップ・メイキング・センス』(84)等々。
これらの嚆矢となるのはご存知『ウッドストック/愛と平和と音楽の三日間』(70)だろう。
実はこのフィルム、スコセッシ監督が編集に関わっていたのである。
そのことを加味して考えれば、あのニューシネマの流れを汲む作品作りをしていた監督が記録映画を撮ってもなるほどと得心す。
→いつも傍らに『ウッドストック/愛と平和と音楽の三日間』(前篇)
→いつも傍らに『ウッドストック/愛と平和と音楽の三日間』(後篇)
さて、本作の“主人公” ザ・バンドとは一体どんなグループなのか。
1968年。バンド名を改めザ・バンドとし、『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』でアルバムデビュー。シングルカットされた「ザ・ウェイト」は翌年の映画『イージー・ライダー』に使用され、バンド共々広く知られることとなる。
メンバーは以下の通り。
・ロビー・ロバートソン(ギター)
・リヴォン・ヘルム (ドラムス、ボーカル)
・リック・ダンコ (ベース、ボーカル)
・リチャード・マニュエル(キーボード、ボーカル)
・ガース・ハドソン(キーボード、サックス)
1969年。ウッドストック・コンサートに参加。この夏、ザ・ビートルズとの交流を持つ。
1974年。ボブ・ディランのツアー参加。
1976年。エリック・クラプトンのアルバム『ノー・リーズン・トゥ・クライ』に参加。
同年。解散ライヴ決行。
補足すると、ザ・バンド以前にもディランのツアーにバックバンドとして参加した経験がある。それらの関係上、解散ライヴにディランやリンゴ・スター、クラプトンらが馳せ参じることになった。
主体とする音楽はロックにカントリー、フォーク、R&Bなどエスニックな色付けをしたタイプを指向。いかにもアメリカン。実際、ライヴではマンドリンやフィドルなどの演奏を披露している。ただし、出身はカナダ。
ざっくりとまとめてこんな感じ。
で、本作に登場する参加ミュージシャンは以下の通り。
・ロニー・ホーキンス
・ドクター・ジョン
・ニール・ヤング
・ザ・ステイプル・シンガーズ
・ニール・ダイアモンド
・ジョニ・ミッチェル
・ポール・バタフィールド
・マディ・ウォーターズ
・エリック・クラプトン
(エミルー・ハリス)個別収録映像
・ヴァン・モリソン
・ボブ・ディラン
・リンゴ・スターとロン・ウッド演奏で合唱全員参加
ザ・バンドが我々のあずかり知らぬところで、いかにミュージックシーンに多大の存在感を示していたかを窺わせるメンツである。
彼らのステージでゲストとの貴重なセッションも観ることができる。殊にニール・ダイアモンドとの絡みなんて珍しきことではないか。
また、ディランが直前になって、撮影は嫌だ。とかゴネるアクシデントも彼らしい。まさか後年ノーベル賞を授与されるとは微塵も予想不可能な時代のことだ。
そして、バンドメンバーへのインタビューでは、下積み時代の苦労話も交え、『万引き家族』の先輩格とも言へそうなエピソードも収録されてしまった。
2時間近くの尺もあっと言ふ間に終演。自分は決してザ・バンドの支持者ではなかったものの、楽しく鑑賞することができた。流石のスコセッシ監督。
もっとも、自分が音楽系ドキュメンタリーフィルムを受け付ける体質だからかもしれないが。
蛇足だが、当時はまだ名前の表記が“スコセッシ”に固定化されておらず、“スコシージ”とか“スコセージ”とか混在していた。雑誌(『PLAYBOY』だったか?)のインタビューで彼自身も「スコルセセでも何でも構わない。どう読んでくれても結構だ」みたいなことを言っていた。
本作は今でもDVDがレンタルされているので、興味ある方は鑑賞してみると良いだろう。
*好きです。ザ・ハンド*