昨日の続きを……
娘の外来も済んで、私たち家族は会計伝票を待っていた。
窓の外は暗くなっていて、院内で仕事を終え帰る人もちらほら見えていた。
夜景を見ながら「今夜の晩御飯、どうしようかな?」と思った時だった。
視界の端に年配の男性捉えた。男性は普通に歩いていたのだが、突然、足が止まった。
「ん?」
どうしかのかな、と、思うと同時に、その男性は腰から下を脱力し、クルリと回転しながら崩れ落ちた。
「!?」
私の様子に、隣にいた亭主がその方向を見る。
完全に意識を無くした男性は倒れ、最後に頭を固い床に強打した。
ゴツッ!
最後に鈍い音が広いロビーに響き、足に頭を強かに打った事実を私たちは、足から伝わる振動で理解した。
たまたま聴診器を首から下げた若いドクターが通りかかった。
膝を付いて「分かりますか?」と、声を掛ける。
けれども男性は微動だにしない。
脈を取りながら、そばにいた職員に倒れた状況を聴き取る。
医師はすぐさま「コードブルーコール!」と言う。
それが受付にいた守衛に伝わり、数秒後には院内放送となった。
「コードブルー △ブロック」
言葉の余韻がまだ残ってる中、上から下から右から左からと、様々な姿の医師たちが湧いて出て来た。
ベテランと呼ばれる医師から研修医、白衣に手術着にと、倒れた男性の周囲にはあっという間に20人以上の人だかりができた。
心肺停止状態だとわかると、ここでの処置は無理だと言葉が聴こえると同時に、看護師がストレッチャーを運んでくる。
「AEDも用意!!」
この間にも医師や看護師たちはわらわらとやって来る。
そして、男性は多くの医師に囲まれたまま、処置室へと搬送された。
処置室の見える廊下に出たが、大きな窓の向こうでは多くの医師たちがバタバタと動き回っていている。
不謹慎ながらも、倒れる運命にあったのだとしてもこんなに医師たちが駆けつける状況下で倒れたことが幸いして、回復してくれればと心の中で祈った。社交辞令ではなく本気で。
この人、手には何も持ってはいなかった。
外来やリハビリで来院したのなら、保険証や財布など何かしらの物は身に着けているだろうが、何もないことから入院患者の家族や知人で、見舞いに来て何らかの事情で心肺停止になったのではと、そこに残っていた職員たちが話していた。
帰りの車中で、男性のことをあれこれと私たちは話した。
口で説明しても伝わらなかったことが、あのまさかの再びの「コードブルー」コールを目の当たりにした亭主と娘も、いつまでも興奮していたようだった。
もしも、あの彼が入院患者の見舞いに来て倒れたのならば、財布など預かった彼が戻るのをベッド上で待っている人がいるのだろうと。見舞いに来た彼も、そして今も状況を知らず待ち続けている誰かを思うと、切なくなった。
通院&入院歴が長く多い私でも、この日初めて「コードブルー」コールを聴いたが、一日に二度もこのコールをした病院も、相当のレア体験だったのではないだろうか。
今日、その病院へ娘と言ったが、心肺停止で倒れた人が転がった場所には、何も知らない患者さんたちが行き来をしていた。
言い方は悪いが、人がひとりどうなろうとも、今日も世界は平常運転である。
世界のどこかで紛争やテロが起きていても、地球は今日も回っている。
そんな感情を「冷たい」と罵る者もいるが、全ての苦しみ悲しみを当事者と共に共感し続けていれば、三日もせずに人は死ねると思う。それは「人が冷たい」のではなく「そうでなければ、人は生きられない」のだと、いい歳になってやっと気づいた自分。
今日は右足踝のMRIで、明日は右膝のMRI検査。
同じ日にMRI検査は出来ないと言われたので、明日もまた早くから移動となる。
病院での会計待ちしながらiPhoneであるニュースに目が留まった。
振袖詐欺で着られず、成人式に参加できなかった若者の救済措置が、あちこちから広まっているというものだ。
ある芸人は「リベンジ成人式」として、レンタルの振袖や着付け等、様々なことをボランティアで招集して対応すると言う。
そりゃ大金払って逃げられてと、契約した側には何の落ち度もない。相手は騙す気満々だった様だし。
でも、思った。
リベンジ成人式にさえ呼ばれず、いや、成人式などはなから出席できる状況になかった、着るもの用意の話題も出せない理由を抱え必死に働いていたり、入院や闘病生活を送っている人もいるんだよなぁと。
私も貧乏で振袖なんて親から話も出なかった訳で、成人式当日はミカン食ってたな。
今だから書くけれど、もう頭の中は「綺麗な晴れ着を着て、出席したかった。行きたかった。一度でいいから着飾ってみたかった」って思いしかなかったな。
騙されて出席できなかった人も可哀そうだが、そもそも行ける状況でない人たちの救済も考えてあげて欲しいと思った。
晴れ着云々ではなく、心に残るようなことを。そもそもファッションショーじゃねぇだろうが。