8月11日昼前、私は亭主を始めヨシエ(亭主の母親・仮名)と共に火葬炉の前にいた。空調の効き目があまり感じられないまま、目の前の炉に亭主のおばの棺が、吸いこまれるように入っていくのを見つめる。

鞄の中では音を止めているiphoneが振動している。札幌から離れたこの土地での通夜・葬儀に亭主は施主として参列いた。電話の振動は札幌からで、マンション隣に住む爺さんが急死、葬儀などの相談のものだ。一か月で三度も通夜・葬儀に参列って自分的には記録だなと思っていた。

 

 

棺を見送り皆が控室へ移動しようとした時。

「あ…」と言う小さな声と共に、足元に何かが転がって来た。それは、念珠の珠だった。声の方へ視線を向けると、義理の妹が念珠の紐だけを手にしている。

実は前夜、通夜の時にも亭主のいとこの念珠の紐が切れて、皆で慌てて転がった珠を拾っていた。

「やっぱ、ヤバイよな……

これって、亡くなったおばさんが気が付け!って合図してんだよ」

あくまで『偶然切れた』と思いながら、散らばった珠を拾う親戚一同の中、私だけが、そんなことを考えている。

 

念珠の紐が切れることはあると思う。でも、通夜・出棺の二日に渡って切れるってのは、確率論的にもすごい数字になるはずだ。

ここに集う亭主の身内一族は邪念のない『善意の集団』。今、自分たちが置かれている状況を私以外の誰一人として理解はしていない。あぁ、気が重い。

 

収骨まであと1時間強。私は控室にいた亭主とヨシエ、そして、金融関係に勤務しているPさん(亭主のいとこ)をラウンジに呼び出した。

初めは楽観していた亭主とヨシエだったが、私の話にまず金融関係勤務のPさんの顔色が見る見るうちに変わって来る。

「たまさん、収骨を終えて会場に戻ったら、帰る前に皆に説明してくれる……?」

この頃には根の明るいヨシエの顔に立て線が何本も見えた。私はとりあえず首を縦に振った。

 

葬儀会場に戻り、骨上げ法要を終えて皆が帰り支度を始める。これからコンサートなんだと言う者もいた。

「それじゃ……」

数人がまとまって帰ろうとする。その後ろ姿に向かって私は

「ちょっと待ってください!!」

と、大きな声を出した。

亭主もヨシエももう、完全に私に一任して私から離れて立っている。

ヨシエの実姉の葬儀であり、ここに集う身内一行は義理の妹を除き、全て私より年上。何より私は姻族で血のつながりもねぇんだよなぁ……

でも、もうそんなことは言ってられない。大きく深呼吸をして……私は話し始めた。

 

 

「今回亡くなったB美さんですが、実は生前、〇〇さんの保証人になっていて昨年の段階で元金・利息・延滞金を含め1億8千万円を越える借金の督促を受けていることがわかりました。」

みんなの動きがピタリと止まる。でも、私が何を話しているのかがわからないらしい。清々しいほどに他人事の顔をしている集団に、私は更に言葉の爆撃を続ける。

「で、その借金なんですが今月初めには2億2千万を軽く超えてました。

今回、亡くなった〇〇美さん。未婚のまま亡くなられていて、借金は法定相続人に引き継がれます。法定相続人は11名。これから名前を読み上げます。名前を呼ばれた方は心臓を止めないように。」

(ヨシエは心臓疾患があるので、私的には冗談ではなかった)

火葬場で書き上げた11名の法定相続人の名を私は読み上げた。

「この11名が2億2千万円を超える借金を分割して背負うことになります。」

事の重大さをやっと理解し始めた者達の目が泳ぐ。

 

 

この数日にあった実話。

たぶんつづく……と、思う。