『海蛍』は特別な趣向を持った方に向けられた不定期連載小説です。

お付き合いの「いいね」は必要ありません。

次回、普通のブログupの時に、またお付き合いください。

今回は若干の18禁があります。ご注意を。

 

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皆で薫の身体を綺麗にした。
今更ながらに、小さな身体にある数多くの傷に清める手は何度も止まった。
「何だよ、この背中の大やけどの跡は」
「俺、銃痕なんて初めて見た」
「こんなに苦しんで生きて来たのに、最後まで苦しみを背負うって……」
黙っていると、泣いているのがわかってしまうことが悔しくて、皆が思いのままを
口にしながらの作業になった。
温かなタオルで薫の顔を拭き清めたのは誠。
「人知れず、どれだけこの頬を涙で濡らしたんだろう……」
自分の涙が薫の頬に落ち、いくら拭いても薫の顔は濡れたまま。
「でも……今はいい顔してるよね。
すべてのしがらみから解放されて。こんなにいい顔で敬礼して。
今頃、駆け足で日向大佐の元へ向かっていてくれればいいんだけど……」
「誠先生、この敬礼の手……やはり下して手を組ませなければいけないですか?」
山城がそう言いながら周囲の様子を伺う。
「この手を下ろしてしまったら、先生は日向大佐の元へ行けないかもな」
薫は敬礼姿のまますべての処置を施された。


薫の希望で遺体は処置をしてすぐに地下奥の検体安置所に納められた。
まだ、温もりが残る身体なのに……と、薫を見守る医師である者たち誰もが思った。
今までは医療従事者として、医学的に死を迎えたことを確認して見守っていた家族に
伝えていた。家族は嘆き、悲しみの中で言う。
『まだ、身体が温かいんです!』
これが亡くなった直後に遺族が持つ、割り切れない感情なのだと薫は身をもって
最後の授業をしてくれたのだと皆が思った。


深夜の暗く静まり返った廊下を、誠と真一がストレッチャーの先端を持ち、
他の者達が周囲を囲むように薫と共に歩く。
『検体を希望するので、密葬であっても通夜葬儀は固辞します。
私の身体は速やかに地下の検体安置所へ運んでください。
そこに納めて扉を閉めた瞬間、通夜葬儀は終わります』
その言葉を知っているから、誰もが薫から離れようとはしない。
建物の一番奥の重厚な扉の解錠をした。
窓のないこの部屋は他のどの部屋よりも寒さを感じる。
薫が入るべき小さな扉を引くようにして開ける。
中から白い冷気があふれ出て来る。
みんなで小さく軽くなった薫の亡骸を持ち、そこへ納める。
皆が本当にこれで最後なのだと、薫に声をかけるが、薫の魂が既にここにはないことを
誰もが気付いていた。
『ガラガラ……ダンッ!』
最後の扉は誠と真一によって閉められた。


悲観にくれて部屋から出るタイミングさえわからない者達が立ち尽くす中。
「皆さん、聴いて欲しいことがあるんです。
実は私は橋本先生を施設からここへお連れする時に、ある約束をしました。
延命措置の拒否、密葬も行わず、すぐに検体として身体を処置することと、
ここまでは先生の意向に従って来ました。
そして、最後のお願いを私は託されています。
それは……」
真一の言葉に、誰もが我慢が途切れ号泣しだした。
「誠先生、みんな。いいよな?橋本先生の最後の願い」
「その時は必ず来るよ、俺」
「私も必ず」
皆は納得し、部屋を出るきっかけを得て外へ出た。

 

その後、薫の遺品を整理していた誠から枇杷の会の者達に、薫の思い出の品が
送られた。真一の元へもそれは届いたが、それとは別に古い花柄の小さな菓子箱が
手渡された。それは薫が橋本醫院を開院し、初めて退院する患者の家族から
『ありがとう』の心を込めたお礼の菓子だった。
また家族で暮らせると、喜び老婆が持参した菓子で、泣きながら手を合わせ感謝する
老婆を前に、薫にはどうしてもそれを拒否することが憚られた。
薫はそれを笑顔で受け取ったが以降、院内には
『患者さんからの金品は、如何なる事情があっても当醫院は受け取りません』
と、記されるようになった。
最初で最後、薫が手にした菓子箱は薫の宝物のひとつになり、その中には日向からの
万年筆や手紙、当時、手書きであった橋本から日向へ戸籍が変更された写しも入って
いた。
誠からは薫の死後、頼みごとをした真一に渡すようにと純白の封筒も手渡された。
中には100万もの現金が入っていた。
「病院は早くに医療法人化していたし、持っていた資産の殆どは苦学生の奨学金へ
寄付していて、本当に身辺整理を完璧にして逝ったよ」
誠は笑った。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁっ……」
薄暗い、吐く息だけがはっきりと見える寒い場所で声を殺し、真一は服を脱いでいた。
「早くしろよ、誰か来ちまうぞ」
「あ、あぁ」
急かされズボンと下着だけを脱ぎ去り、いきり立つ自分の熱を晒す。
目の前には裸にされ、殴られ蹴られ口に自らの下着を詰め込まれた者が横たわって
いる。これから自分が行おうとしている行為は、相手の同意のもとにされる
ものではないことはわかってはいた。
しかし、この横たわる者のことが好きで、その気持ちをこのような形で満たそうとする
ことに今は抵抗も迷いもなかった。

明日、生きていられるのかもわからないことが、この無慈悲な行為を正当化させていた。

既に何度か穢された跡に、自分も欲望をそこに放とうとした。
横たわる者の肩を掴み、その中へ強引に押し入る。
もう、何の抵抗もなく彼は、同性を受け入れた。
必死に身体を揺らしながら、思いを寄せていた男の顔を見る。
美しいひとだった。同性なのに心が締め付けられるくらいに美しいひとだった。
その顔はもう泣くことすらなく、人形のように感情が停止していた。
それでも好きだったから、弱い自分は仲間の誘いに乗じてこの男を犯していた。
虚しさが胸に拡がらぬうちに、身体を強く揺さぶり快楽が勝るようにした。
一方的に真一は欲望を満たした。


状況は一転し、自分は兵士の姿で戦艦にいた。
突然、爆音が響き渡り怒号が飛び交う。
「ここはもうダメだ。外へ、甲板へ出ろっ!!」
誰かが叫ぶ。炎はいつしか自分を取り囲むように迫っている。
躊躇する間に二度目の大きな爆発音が轟き、身体は爆風に飛ばされ重い鉄の扉の
下敷きになっていた。
『外に出ろ』と言う言葉が聞こえたが、もう自分にその力が残されてはいないことを
真一は悟った。
足元から倒れた仲間を飲み込みながら、炎が迫って来る。
と、その時だった。
自分が辱めてしまった美しい人が、自分の横を駆け抜けて行こうとした。
「は、しも、と……」
真一は咄嗟に、血に塗れた手で彼の足首を掴んだ。
彼は自分の行く手を遮る手に気付きすぐに足を止めたが、その手の主を見て自分を
穢した男のひとりだと知ると、その手を思い切り払いのけた。
自分が悪いはずなのに、彼はその手を払いのけてしまった自分の残虐さに愕然としている
様子だった。目前に迫る死を前に、自分はまだ好きな人を苦しめているのか。
「いいんだ、お前、に、酷いことしたのは俺…だし。
ただ、謝りた、かったんだ。ずっと、ずっ、と……」
払い落された自分の手は動かぬままに、次第に血色を失い白くなっていく。
それでも真一は言葉を繋ごうとする。
「お、れ……昔から不器用で、好きって言えたら……
きっとお前と、仲良く親友として死ねたか、も。
もしも、生まれ変わったら俺……お前の、ため、に、何でもする。
お前がよろこ……ぶこと、絶対にするか、ら……」
突然の男の告白に彼は驚き言葉を失った。思いを告げた真一の目から涙が流れ出る。
「好きだったのにごめん。ほんとう、に……ごめん……」
薫は男を抱きしめた。
「一緒にここを出ましょう」
自分よりも身体の大きな真一を抱え立たせようとするが、その身体はもう動かない。
「行け、ここから逃げろ。俺の分の寿命やるから……お前はい、きろ」
真一の言葉が途切れると同時に、その唇が薫の唇に触れた。
真一は幸せそうに微笑みながら力尽きその場に倒れた。
「起きてっ!立ってっ!!」
遠くで彼の絶叫が聴こえた気がした。


「三上!おい、三上、起きろ。もうすぐ目的地だぞ」
山城の声で真一は目覚めた。
あまりの生々しさに、そして身体に残る感触に夢と現実の区別がつかぬまま
簡易ベッドから上半身を何とか起こした。
嫌な汗が全身に纏わりついている。
「夢…なのか?」
潮の香、心地よい揺れ、仲間たちの会話を耳に今、自分が何処にいて、これから何を
するのかを真一はゆっくりと思い出していた。
真一は今、南方遥か太平洋上にいた。


2017,3,5

 

*****

実は三上先生はあの時、薫を強姦したひとりの生まれ変わりだったんです。

(ぶっ飛んだ内容でついていけない人、ごめんなさいです)

彼は約束通りに薫のために、戻ってきたんです。

真一と言う人間の身体に魂を宿して。

これ以上やると、稲川淳二の語りになってしまうので……

真一、薫が汁を伝わせながら枇杷の実を食べる姿に、実は欲情してたんですね。

自分でも気づかぬうちに。

その強姦相手の兵士の死の間際の言葉と同じことを言われ、薫は思わずそれを

思い出して動揺してポットを落としたんです。

って、説明しなくても読んでいる人は分かってくれているのかと。

 

今風のオカルトブームに乗っかったような「生まれ変わり」と言うのは、正直好きには

なれないけれど、人が生まれ出会う中での「縁(えにし)」は感じることが多々あります。

真一はここまで来てやっと、自分が何者だったのかを理解できるのか……な?

 

あっ、本当は死後すぐに冷蔵保存はしません。

生き返る可能性があるから、法律で定められた時間厳守です。

そこは小説ってことでご勘弁を。(汗)

 

次は最終回、かも。