思ったら即行動?慎重に考える? ブログネタ:思ったら即行動?慎重に考える?

 昨日のできごと。

 一度、亭主の運転でちょっと離れたお店へ買い物に行った。慌ただしくて、自宅に戻ってから買い忘れや、新たに買いたいものが出てきた。時は夕方近く。試される大地は凍えるほどに寒い。その中を私は今年最後とチャリを漕ぐ。ざわめいていた木々に葉はもうなくなっていた。

 店に着いて買い物も終え、荷を積んだカートを返そうとした時……すでに返されたカートに紺色の綺麗とは言えない布手提げカバンが掛かっている。周囲を見るが、持ち主らしい人はいない。薄暮の中、早く帰ろうと忙しなく行きかう人は多いのに、誰もその手提げには気付かない。周囲を見ながら手に取る。しかし、誰からも何の反応もない。中をチラ見した。「げっ!」その中には10枚一束にした30束以上1万円札に銀行のキャッシュカードが複数。通帳も10冊はあるし、書類やら何やらわさわさ突っ込んである。「しょうがねぇなぁ、おい」と、呟きながら私はその手提げを胸元で掲げるようにして、一番奥にあるサービスカウンター目指して歩き出した。一袋10キロ近くあるネコトイレの砂3袋をカートに載せたまま……

 こんな時、防犯カメラの存在は有り難い。私は「何も不正はしてませんよぉ」って行き先々でカメラにアピールするように歩いた。で、やっとサービスカウンターに辿り付いた。

 「あの…これ、向こうの出口のカート置き場にぶら下がってたんですけど」店員のおばちゃんが「あらら」と寄ってきた。私は無言で手提げを広げ見せると「あらやだ」と市原悦子演ずる家政婦のように絶句。取りあえず、こちらで預かるが警察にも届け出しなければならないので、書類に記入してほしいと言われた。寒いし暗くなってくるし、んなことしてる時間は惜しかったけど、拾った以上、やはり何かしらの責任はある訳で私は出された書類に住所氏名を書き始めた。と、その時。「qあwせdrftgyふじこlp!」この日、私は生まれて初めて、躍動感のあるあの有名な「ふじこ」を聴いた。ふじこっていたのは手提げを置き忘れたおばさんだった。

 どうやら大金や通帳(実印もあったそうだ)の入った手提げを無くした!と駆け込んで来て視線を奥に向けたら、無くしたはずの手提げがサービスカウンター真ん中のテーブルに鎮座していたので、最後は言葉にならなかったらしい。「一応、決まりなので確認してくださいね」と、後ろではふじこさん(あくまで仮名・取りあえずおばさんに命名)と店員さんのやり取りが始まった。「あの、私、もうこの書類書かなくてもいいんじゃ?」あと少しで書き合終えるであろう書類を走らせているボールペンを置く仕草をしたが、「これ、警察に提出することもあるので、最後までお願いできますか?」と言われ、私は誰にも聞こえない程度にため息をつきながら再び書類を書きだした。と……

 何やら背にしたリュックがモソモソと動くのを感じる。右に左に体を揺らすが、背のモソモソ感は消えない。思わず振り返ると、何とふじこさんが私のリュックのファスナーを開いて手を突っ込んでいるではないか!?「qあwせdrftgyふじこlp」今度は私がふじこった。おいおい、他人のカバンになにすんだよっ!?ずぶ濡れの犬が全身を震わし水分を飛ばすような仕草を私はした。「本当に助かったのよぉ、私はっ!お金もたくさん入れていたし、通帳も実印も大切な書類も全部入れていて、これを無くしていたらもう終わっていたの」ふじこさんは涙目で語る。いや、自分のものが戻ったなら喜べ。それと私のリュックのファスナーを開けて手を突っ込むこととどう話がつながるんだよ!?私の困惑気味の表情にふじこさんはやっと自分が常軌を逸した行為をしていたことを理解したらしく、手を出してくれた。「これ、僅かだけどお礼だから取っておいて!」ふじこさんは手にかなりの千円札を折ったものを掴んでいる。どうやら私のリュックのこの「お礼」を突っ込もうとしていたようだ。「いえいえ、お金なんていらないですから」「そう言わずにまぁ」大金の入った手提げを手にしたふじこさんはLIFE MAX状態になって元気溌剌、「弱き民」から「King of King Lord of Lord」状態。サービスカウンター前で金の押し合いが始まった。

 「お正月も近いことですし、これでお餅でも買って食べてくださった方が私は嬉しいですから」というと、ふじこさんは「あら、あなた餅が好きなの!?餅が食べたいのならいくらでも買って差し上げるから、さ、行きましょう、餅買いに。さぁ!」と、会話が成立すらしなくなってきている。私は餅食いたい訳じゃねぇてばよ。「あ…」気づけば目の前には盲導犬の募金箱。「あの、もしもどうしてもって仰ってくださるのなら、どうかこの盲導犬育成の募金箱に入れていただけますか?娘が学校でも活動しているんです」他人の金に指図するのをちょっとばかりやだなと思いながらも、募金箱を指さしながらそう言うと「あら、犬が好きなのね。犬、いいわね、犬、そうよ犬ね」と、ふじこさんは千円札何枚もを一気に盲導犬育成の募金箱に突っ込んだ。サービスカウンターのおばさんは目をぱちくりさせながらも、突然の募金に「ありがとうございます」と言った。舞い上がるふじこさんに私はもう帰るので、お願いだからみんなの前でカバンの中身を確認して欲しいと頼んだ。ふじこさんは丹念に見てニッコリと頷いた。早く帰りてぇ…取りあえず事態は終息し私は重いカートを押しながらまた、遠く離れた出口まで歩いた。

 「何で正直に届けちゃうの!?」これは以前、駅の改札付近でむき出しの札を拾って駅員に届けた時に、一緒にいた残念な人から言われた残念な一言だ。他人の落としたモノは、どうやっても他人のモノだろう。あの時、私は正直に届けたことを馬鹿にさえされた口調であれこれ言われた。人間、自分のモノと他人のモノの区別が付かなくなったらおしまいではないだろうか?少なくとも私のまわりには、その残念な人以外、そのような反応をする者はいなかった。確かに貧乏しているけど、俯いて歩くような人間にはなりたかねぇな。少なくとも金拾ったら即行動、即届けるだ。

 募金箱に景気よく札が入っていることを目にすることがあったが、その理由がわかった気がした夕暮れだった。