エイプリルフールは楽しみ? ブログネタ:エイプリルフールは楽しみ? 参加中

私は楽しみ 派!


娘の卒業研究の手伝いで結婚以来、欠かしたことのなかったエイプリルフール、今年は本当に何もしなかった。正直、体調も最悪で、それどころじゃなかった訳だが、亭主は違っていた。私が、この私が何もしない訳がないと4月1日は全身をレーダー化して、いつ・どこから・如何なる形での妻からの仕打ちにも耐えようと身構えていたのだ。何か仕掛けたい気持ちもあったが、人知れず身構えるその様がおかしくて、私は今年は傍観する側に回った。些細な事で「これ、ドッキリじゃね!?」的に驚き身構える亭主を見ているのがこんなに楽しいとは思いもしなかった。待たせて悪かったな、亭主。来年は今年の分も入れて、アンタの誕生日以上に盛大にしてやるからな。ってな訳で、我が家のエイプリルフールは呆気ない程に静かに終えた。
でも、娘が生まれる前、我が家では私が半年以上も掛けて、壮大なドッキリを仕掛け亭主を騙したことがあって、それを知る知人からは今も笑いのネタとなっている。それは……

当時、我が家のリビングにはデスクトップ型PCを二台並べて設置していた。私は賑々しくサイトを運営していて、亭主は地味に人に知られるのが恥ずかしいと、世間から身を隠すかのようにひっそりと自分の水槽のことを話題にしたサイトを運営していた。
夫婦と言えどもPCは別で、暗黙の了解で互いのPCを勝手に立ち上げたりもしないし、覗いたりもしないと言うルールが確立された。これは今も「互いの携帯は見ない」に通じている。夫婦と言えども他人であり、他人の携帯やPCに自分の幸せはないと思っていた。まぁ、後に亭主はそれを身をもって感じることとなる訳だが……

ある平日、私は亭主のサイトを覗いた。相も変わらず地味なものだった。亭主が仕事で不在だったことを利用して私は亭主のサイトを隅から隅まで読みつくした。そして、かねてから思っていたあることを実行に移した。それは……

私は亭主に内緒でフリーメールアドレスを取得して、亭主にメールを送ったのだ。
「○○さんへ
 初めまして。私は昨年、大学を出て今は実家のある石垣島へ戻って家業のホテルを継ごうと日々、悪戦苦闘している24歳の女の子です。ホテルロビーに水槽を設置することを考えネットで調べているうちに、○○さんのサイトへ辿り着きました。誠実に魚や水槽に向き合う○○さんの人柄に感銘を受けて思わずメールをしてしまいました」
もう、日頃、亭主を虐げている分、私はメールで亭主を賛美し称えた。その夜、帰宅してダラダラといつものようにメールをチェックしている亭主の後姿をキッチンから垣間見ていた。何通かのメールに目を通しながら、私のメールに食い入るように見つめている。背後から見ていると、小心者の亭主は若い女性からメールをもらってしまった事実にかなり動揺しているようだった。
「ねー、ご飯食べる?」
私が声を掛けながら近づくと、亭主は慌ててメールを見えなくした。
「うん…いや、もう少し待って。ちょっと、急いで返事をしないといけないメールがあったから」
亭主は私が離れるのを確認すると、再びメールを見て返信をし始めた。魚(亭主)は私が垂らした大きな針を、胃だけでは物足りず十二指腸まで飲み込んだようだった。
深夜、仕事で疲れた亭主は寝たが、私は亭主が寝たのを見計らって起きてPCを見た。亭主から、晩飯を遅らせてまで必死に打っていたメールが確かに私に届いていた。
亭主からの返事は社交辞令もなく、つまらないものだった。まぁ、自分のサイトに来てくれて、興味を持ってくれてありがとうと言うことしか書かれていなかった。男の矜持を保つために、あくまで自分は紳士的に向かい合ってますと言わんばかりだが、後姿は本当に嬉しそう。十二指腸まで確実に飲んでいる釣り針を私はグイっと引っ張ってみたくなった。私はすぐさま、亭主に返信した。こうして私は「石垣島在住、小さなホテルの跡取りの一人娘で、婿養子を迎えてホテルを盛り立てなければならない境遇の健気な女の子」として、亭主とメール交換を始めた。

亭主は水槽や魚の面倒な質問でも、自分なりに丹念に調べて返事をしてくれた。
その相手が自分の女房だとも気が付かずに。
仕事から戻ると着替えもそこそこに亭主はまず、PCを立ち上げてメールチェックすることが日課となった。そして、石垣島の女の子(私だ)からメールが来ていると、俯き微笑むようにすらなっていた。釣り針は十二指腸を越え小腸にまで入っていた。メールで私が質問をして、亭主が答えてくれる。そして、お礼を言いながらも褒め称える。これを延々と繰り返した。亭主はだんだん、石垣島の女に心を動かされ始めていた。

「最近、やけに嬉しそうじゃん。何かあったの?」
突然の妻の問いかけに亭主は驚き、視線は泳ぎ顔は赤くなったり青くなったりしている。
「い、いや、なんでもない。水槽のサイト、見てくれる人もいるみたいで……」
亭主の言葉はそこで途切れた。そうだろう、言えるはずないよな。
「妻に内緒で女とメール交換してます」
なんて。
「人様に見て貰えて反応があるなんて、嬉しいじゃないか。まぁ、頑張れよ」
私の応援に亭主は黙って頷いた。
2か月ほどして私は水槽の話から、自分がやがて婿を取ってこの石垣で暮らさねばならない境遇の話題を亭主に振った。ここは故郷だし、私はそれでもいいと思う。親は東京の大学まで行かせてくれたし、都会に思い残すこともない。けれども、自分はまだ、本当の恋をしたことがないのが悲しい……
水槽や魚相談をされていた亭主は次第に女性相手の人生相談まで請け負うようになっていた。人間の感情の摩擦によって起きる揉め事が嫌いな亭主だったが、女の悩みには真剣に考え言葉を選び返事をくれた。でも、自分の言葉に自信がなかったのかも知れない。亭主は回答をする前に、他の相談サイトまで閲覧するようになった。
「人間とは思う様にはいかないものなのです……」
それはあたかも私との暮らしを言っているようにも思えた。でも、鬼には「容赦」などと言う生ぬるい言葉はない。私はさらに亭主に追い打ちをかけた。
「○○さんは、もしも、石垣島でホテルの婿養子になって、ホテル業をしながらも空いた時間は釣りくらいしか出来ないなんて生活は嫌ですよね?」
この文言は釣り針を一気に大腸まで押しやった。これを読んだ亭主は相当、狼狽していた。サラリーマンとして仕事に追われ、趣味にさく時間もない。それが、この娘、もしかしたらオレに気があって誘っているんじゃないか!?
亭主の中では実は17年も前に♪もしかしてだけどぉ~もしかしてだけどぉ~これってオレに気があるんじゃないの!?そういうことだよっ、ジャン♪ってフレーズが成立していたようだ。でも、亭主は以前、私に釣りのことを教えてくれたことがあって
「魚が食いついたからと言って、一気に引き上げたらダメなんだ。魚が逃げちゃうからね」
と言っていた。私はここまで来たら、飲んだ針が肛門から出てくるまで待ってもいいとさえ思っていたので、ここで小休止をした。そして、新たな質問を送り付けた。
「あの、○○さん。突然ですがアボリジニに付いてどう思いますか?」
この場の空気を一切無視した突然の質問に、PCを前に亭主は固まった。
「大学時代にこの問題について友人と話し合ったことがあって、それを思い出して」
私の取ってつけたような答えに亭主は納得したようだった。しかし、納得したと同時に、の日から亭主の「アボリジニに付いてのお勉強」が新たに開始され、亭主はあらゆる文献を漁るようになった。
「随分と熱心に調べ事してるんだね」
私の問いに亭主は
「この前、テレビで特集を見て気になって調べてるんだ。社会人として必要だとも思うし」
私は何の疑いもなく、亭主の向学心を褒め称えた。亭主はまた、嫁からの視線を回避できたと胸をなでおろしていた。亭主とはしばらくアボリジニに付いての意見交換をした。石垣の女として

半年も経ち、釣り針は直腸まで達していることを実感した私。この頃には亭主は毎日、メールをくれるようになっていた。心ならずも妻に秘密を持ってしまった亭主は、多少の罪悪感を感じていたのかも知れない。この頃は、やたら私に話しかけてきたり、優しくなったりしていた。私の体験談だが
みなさん、秘密を持った男はその殆どが優しくなりますよ。
罪悪を隠そうと、やさしさで嘘を覆おうとしますよ!!

アボリジニに付いて散々、語り明かした後、私は再度、亭主に攻撃を仕掛けた。まぁ、早い話が○○さんは、石垣島の婿養子なんて嫌ですよねと。亭主の返事はそこで途絶えた。
きっと最後の一歩が踏み出せなかったご主人、本当はたまさんのことを愛していたんですね』なんて思っている方。甘い、甘い。返事が途絶えたのは単に亭主が驚きながらも石垣移住を考え始め、石垣関係のサイトを見まくり情報収取をしていたからに過ぎなかったのだ。この頃になると、亭主の心は豪雨の川に落ちた葉のように揺れまくっていた。横には嫁がいて、でもPCの向こうには今とは全く違う魅力のある別の人生が開けそうになっていてと。でも、亭主は妻を裏切るメールを送ることはなかった。相変わらずのらりくらりした本質をかわした返事に終始した。亭主当たり障りのない返事に、それを送信したその数センチ横でPCを操っている私が受信する。もう間髪入れる余裕はない。亭主の横で私は何食わぬ顔で
「私の質問には答えてくれないのですか?」
と、一気に本丸へと攻め入った。いつもは時間が掛かっての返事が、数分後に来る。亭主は私の横でパニックを起こしていた。針は完全に肛門から見えていた。もう、全てが限界だった。私の笑いを堪えるのも、亭主の精神状態も全てが。

「どうした?何かあったのか?」
私の問いかけに亭主は驚き息を呑む。
「べつに……なんでもないよ」
「なんか、最近、様子がおかしいくない?」
「同じだよ。何にもおかしくないよ」
「だったら今夜は私と少し、話し合わないか?例えばアボリジニに付いてとか……」
「……???!」
私の口からアボリジニと言う言葉が出た時の亭主の表情は生涯、忘れられないと思う。しばしの間の後、亭主はやっと半年にわたる妻からの壮大なドッキリに気付いたのだ。
亭主は怒ることはなかった。なかったがかなり落胆していた。その時に亭主から言われた言葉はこれだった。
「アンタね、鬼の方がまだ、情け深いって

ついさっき、テレビで偶然「アボリジニ」と言う単語が出て、ふたりで顔を見合わせ私はゲラゲラと大笑いし、亭主は悔しそうに私を見た。
エイプリルフールって、我が家は基本、毎日がエイプリルフールなんで私は楽しみだが、亭主は確実に寿命をすり減らしているようだ。ちなみに、亭主は少し本気石垣移住を考えていたそうだ。


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