もう5年以上前だと思うけど、
岡本太郎が好きで、買った本の中に「太郎に訊け!」という
本があった(青林工藝社)。
- 岡本 太郎
- 太郎に訊け!〈3〉岡本太郎流激突人生相談
昔、「プレイボーイ」誌で連載されていた、
若者の人生相談をまとめたものらしい。
最近ではダウンタウンの松本氏などがやってたあれ。
全3巻らしいが、当時本屋に「3」しか無かったので、
私はそれを買ったのだった。
現在、どういういきさつだったか、それを手にとってみた。
中は線が引かれ、メモ書きなどがされていた。
当時、大分感動していたようだ。
そして、それを読み返すと今また、どうしようもない感動と
衝動に襲われた。
当時を思い出した、というより、現在の自分にも、
あまりに必要な言葉が述べ倒されていたからである。
質問は、世俗的、短絡的、常識的、時には一人では抗し難い
深刻な悩みもあるが、岡本太郎はそれに一貫した筋を通して
ズバッと答えていく。
その美学と人生の言葉。
最近の模索と行動に対し、ストライクに返ってきたのである。
思わず、涙が吹き出た。
岡本太郎の意見をどう取るかは、人次第だろう。
とかく他人の気持ちは分からない。
以下は、私が感じた主な部分を述べたいと思う。
私は、悩む。
それには、色々な理由があるが、最終的には、どう納得して
生きるかという問題だ。
日々を生きる現実で、納得できないことは多い。
おばちゃん等によく言われる「しゃあないやん」は
ある意味すごい言葉だが、感情の強い私はどうも我慢が出来ない。
人生全てが「我慢」の視点で埋まると、息苦しくて、とても
生き抜く自信がない。
人によっては同じことを「我慢」と取らない場合がある。
そう考えると、「個人差」を埋めることが課題のようにも思われるが、
そんなことは不可能。自然への冒涜。
大体、そんな「受身」の生き方しか出来ないのか。
内からうごめいてくる、暗黒の感情。辛すぎる。
そんな私の閉塞的な感情に、岡本太郎は突きつけてくる。
「覚悟」するんだよと。
生即死。
死即生。
瞬間瞬間に覚悟が出来て、初めて人生は生きてくる。
君にはそれが出来るかい?と。
私の打算的な小心をビシッと指差してくる。
ズキリとする。
普通は他人に「覚悟がたりない」なんて言われると、
「お前はどうなんだよ、まず自分を見ろ」なんて言いたくなるが、
岡本太郎はそれを実践している。
だから、反感や落ち込むというより、むしろ勇気が沸くのだ。
「覚悟」の美学。
口で言うのは安い。
しかし、岡本太郎は、それを「体得」している。
何か目の前で、困難な問題が起こる。
岡本太郎だって、一瞬は「面倒だな、避けたい」と思うはずである。
しかし、彼は、そのつど
「ええい、だったらむしろやってやろうじゃないか」と
覚悟を決めるのである。
瞬間瞬間、いつ何時も。
そして、その「覚悟」とは、
「それを全力で楽しむ」ということ。
だから、彼はいつも全力。手を抜けない。
それを癖にしている。だから、筋が通る。
私は、武道の某達人を彷彿する。
「瞬間を永遠のように開き、全力を尽くす」
その様な発言を聞くと、岡本太郎と同じことを言っている気がするのだ。
「体で覚える」
自分に一番足りていないことなのかもしれない。
地べたを這いずり回ることにある種のエクスタシーを感じないと、
何も始まらないのだと。
その一瞬一瞬。
朝起きたときも、何かが周りで起きた時も。何より、今、この瞬間。
「覚悟」出来ますか?
「面白くなる」までエネルギーを出し尽くす「覚悟」、出来ますか。
「技能」として体得できるまで意識的に繰り返す「覚悟」、出来ますか。
私は、そう問われている。
意味もないのに、RPGの退屈なレベル上げで、クリアにお釣りが
来すぎるほどレベルを上げる人。
人間は本来、打算とは違う快楽性を持っている。
元々あるものを正しく認めるだけ。
そんな気もしているのだ。
とにかく這いずりまわる。
そんな人に、私はなりたい。

