人生では、たま~に不思議なことが起こる。
よく出来た偶然か、はたまた奇跡か。
地味ながら、未だに説明できない現象も体験。
でも、それはまたの機会として、今回は、よく出来た偶然の話。
アクタスのフリーペーパーだったと思うけど、
「生まれて10000日目のあの人にメッセージを送る」という記事があった。
で、それを読んだ私はふと、自分が生まれて何日目か計算してみたのだ。
勿論、うるう年も正確に計算して。
その結果、なんと生後10001目。
ちなみに、夜12時を過ぎていたので1日は正確に足してある。
なんだか、不思議な気がした。
同時に、人間ってせいぜい30000日しか生きられないのだと痛感。
1日の重みは大きい。
というのはもう過去の話だけれど。
近況。
風邪が完治しない。なかなかやっかいだ。
どうにか結婚式は出られたので良かったが。
本を読む。活字、漫画に関わらず。
実は最近、「文字」を疑っている。
正確には、文字に対する自分の「脳」への影響を疑っているのだ。
「本を読めば人生が開ける」なんて堂々と書いている本などがあるが、
私は陰と陽の発想を信じているので、どうにも
「過ぎたるはなんとやら」だと思うのだ。
というのも、自分にとっての人生の「キモ」は、
どうやら肉体の「運動」にあるらしいと感じ始めているからである。
「文武両道」で初めて正直な精神と肉体を保てるのでは、という考え。
私はその「武」をどうやら軽んじて来てしまったのではないか。
そう打ちのめされたのだ。
私にとって、「武」を必要としない出力は、文章表現だけである。
逆に、例えば絵を描くのは、手などの精密な運動を要求する為
「武」が主である。
その文章表現というのは私にとって唯一の「文」の出力であるわけだが、
体である「武」が伴わないというのは「正直」を必要としないということでもある。
私には、それがどうもボディーブローのように効いて来ているらしい。
どこか「不快」なのだ。
とはいえ、本を読むというのは自分にとって
もうれっきとした趣味・嗜好なので、やめられない。
読み切れっこない巨人達の壁に強迫観念が渦巻いてきたら
さっさと退散。うまく付き合うべし。