はむはむ草 朝里庵 -16ページ目

はむはむ草 朝里庵

はむはむなるままに、ひぐらし。

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昨日の写真。



平城旧跡はひたすら静かで草原を風がそよぐ。
虫除けスプレーをかけて行ったのに蚊にくわれた。



昨日とかぶるけど、平城宮から見えた花火。周りには誰もいない。

この遠くの花火の侘び寂びを分かっていただければ。






ビームが踊り花開きます。



お面というか、顔の立体を作りたいと思い、
昨日、風船を膨らませて新聞紙を貼った。




今日は乾いたそれを二つに割って、紙粘土を付ける。






下地の部分を付けたらまた、乾くのを待つ。
明日かそれ以後、乾いたらいよいよ顔面を形作るのだ。




私は紙粘土があまり好きではない。
乾くのが遅いからだ。待ちきれない。
釣りは短気の方が向いているというが、
私は短気すぎて却って向いてないと思う。
待つのは苦手だ。自分のテンポと合わない。


何となく、空しい。
粘土が?いやいや、そうではなく、自分の無力さと、
外の世界への存在の響か無さ。
外といっても、そんな大層なことではなく、
日々を積み上げる日常が外と繋がらない空しさである。
働いていても、無職でも、
やはり空しい。



帰り道、

自転車で夜の平城宮跡をひた走る。
ああ、寂しい。
紙粘土、早く乾かないかな。

今読んでいる本「ぼくには数字が風景に見える」に
関する話の続き。

一応断っておくけど、私は本を紹介する為に文章を書いている
わけではなく、本を読んで思いついたことを残す為に
文章を書くことがほとんど。
だから、実際本を読んだら私と全然違うことを考えるかも。
その点を注意して読んでいただければ幸いです。

で、この本はサヴァン症候群とアスペルガー症候群を持つ
筆者が自らの人生とその独自の感性を綴ったものであるが、
その苦悩や感動は、私にとっても決して特別なものでは
ないような気がする。
この方はいわゆる平均的一般人には「天才」と写るであろうが、
天才は天才でも、悩むことは結局同じであったりするのかも
しれない。

筆者は円周率を何万桁と覚える記憶の天才であり、
10ヶ国語を習得している。
感性も鋭く、以前述べたように数字など抽象的なものにも
独自の個性を感じている。
思慮に富み、歴史や動物など、色々なことに興味を持ち、
それを関連性を持って考えることが出来る。
しかし、コミュニケーションは苦手で、成長と共に
上手にはなっていくものの、とかく神経質。
イレギュラーな出来事が大嫌いで、同じ時刻にお茶を
飲まないと気が済まない。
新しい環境や人ごみを嫌い、家にいるのが好き。
家の外でたくさんの刺激を受けるとたちまち
混乱してしまう。

自分と大分違うと思う方が多いかもしれない。
確かに、上記の記憶力は驚嘆であろう。
しかし、(能力と表裏一体であるから)欠点と言っては
なんだが、筆者も悩みの種としている神経質な部分は
多少分かる方もいるのではないか。
私自身、ここまでではないにしてもそのこだわりや混乱に
いたる感覚は分かる気がするのだ。
程度の差はあれ、字だけを追えば私も欠点やそれに関する
悩みは似ている。
でも、記憶力は残念ながら非常によろしくない。
オレって一体…(笑)

しかし、筆者も時には全然記憶できない時があるようだ。
ほかの情報に気をとられているときはそれに処理が集中して
手が回らないらしい。おそらく他者から見て些細なことでも
彼は膨大な情報を引き出し処理しているのであろう。
だからこそ、驚異的なイマジネーションを駆使できるのだと思う。

私も、頭には生活必須以外の常駐ソフトがいつも動いていて、
それに関係あるかどうかで情報を吟味している気がする。
例えば、学校の勉強など、人生を進む上で必要な情報が
あるとする。私の脳にある常駐ソフトが、それを吟味する。
そして、必要なし、必要でも、さしあたっては非効率ゆえ
保留となった場合、それの記憶力は格段に落ちるのだ。
思考では、それが必要だと分かっている。
それを憶えないと自らをピンチに陥れるのは目に見えている。
だから焦るのであるが、常駐ソフトが拒否をして、
メモリーのスペースを空けてくれない。
非常に厄介な頭だ。全然言うことをきかない。

なればソフトを止めろ。そういうことになるが、
あいにくそれも出来ない。幼少から立ち上げっぱなしの
このソフトは、私の個性そのものなのだ。
この文章を書いているのも、絵を描くのも、このソフトが
大きく関わっているのである。
どっちをとるかで人生は大きく変わったであろうが、
私は結局このソフトと心中を選んだ。
言いか悪いかは分からないが、その辺は環境と経験に
よっての結果であろう。トラウマとかね。

というわけで、この本の意図するところかどうかは
責任持てないが、脳の不思議というものを感じさせてくれる。

私は、高レベルの感覚の存在を信じている。
空手の達人は私と全然違う、非常にテクニカルで有意義な、
そして言葉では表せない身体感覚で毎日を味わっている。
イチローも、きっと同じような感覚で自分を律し、
そして日々を楽しんでいる。
ヨガの究極は心拍を止めたりも出来るらしいが、
そういった究極の身体操作感覚も似たようなものだと思う。
勿論私はそれを味わったことがないから、断言はできない。
でも、少ない経験の中から、どうやら先の先には
そういうものがありそうだぞと思うようになったのだ。


話は全然変わるが、この本「ぼくには数字が風景に見える」で
筆者は自分がゲイであることを告白している。
同性愛というのは不思議な感覚だと思う。
私は同性愛者ではないが、人間の性の複雑さには
驚かされるばかりだ。
自分自身、性の根源の深さにはいろいろ気づくことが多い。
フロイトは批判されることも多いが、その辺の着眼点は
一理あると思ってしまう。

ゲイの方というのは、何か特別なオーラを持っている人が
多い気がする。
繊細で、知的で、社交性があり明るいが、どこか影を持つ。
そのオーラで何となく分かる時がある。
レイザーラモンは絶対違うとすぐに分かる。
オーラが明らかに違うからだ。

大学時代、ある人がなんとなくそうではないかなと
思ったことがある。
その人は常にエネルギーに溢れ、皆に優しく、
恐ろしく頭の回転が速かった。
そして、人をひきつける行動力があった。
私はその人と友人になりたかったが、
残念ながらそれほど親しくはなれなかった。
私自身のつまらないこだわりも影響していたのだろう。
しかし、その方は興味のある人間には情熱的に近づいていった。
相手が男性でも、口説きともとれる、そこまで言うかというほどの
正直な言葉でアピールした。
その実直さに感動もしたのだが、
今思うとその人のオーラがゲイの方の雰囲気に似ているのだ。
そういう込み入った話はしたことがなかったが、
しかしたらバイセクシャルだったのかもしれない。
今となっては知る由もないが。
この前いっしょに飯食った元同僚(歳は先輩)の方が
言ってました。仕事やめた時20冊くらい本を買い込んで
読みふけったと。
何か世界を変えたいんだけど、大抵は内から変えないと
変わらない。で、本を読むと。

外で一歩一歩変えていくことも重要ですけどね。
その一歩一歩が後々効いてくるから。確実に。

つまり、外と内は繋がっていて、どちらも必要だと。
ただ、時期的にどっちかに振れることはあるでしょうね。

最近の私は思うことがあってもここのブログに書けるから
ありがたいです。(とても書けん事もあるけど…)
以前はA4の紙とかにひたすらサイコチックに
書き込んでましたから。誰か一人でも、読んでくれる可能性が
あるというのは非常に救われます。

書けば書くほど吸収率も上がるんですね。
もっといろんなものを、文章だけでなく
ここぞとばかりはきだそうかと。絵とかね。
空っぽになるほど気持ちいいし、本も楽しい。
腹減った時のご飯に似ています。
多分だけど、最近の日本人は情報多すぎて
過食気味ではないですかね。
ダイエット(日本語用法)には
情報をシャットダウンするいわゆる「節食方式」もありますが、
健康維持の一番の秘訣はエネルギーを発散する「運動」
つまり「創作活動」だと思うのです。
真似てよし、下手でもよし、もっと皆なにかを
はきだした方がいいと思う今日この頃です。
以上、失業者でした。

昨日、前の会社の方と待ち合わせる為、
ジュンク堂の大阪本店に初めて行った。
ずらりと並んだ本の山。興奮状態で店内を散策する。
うわあ。
欲しい本がいっぱい。
最近は古本屋と小さな書店ばかり通っていたので、
目新しい本の勢ぞろいに悶絶する。

が、作家じゃあるまいし、そんなに本ばかり買えない。
たくさん買っても、重くて持ち帰る時が悲惨である。
お得意さんとかは郵送してもらうのだろうが…

で、数冊買った中の1つが「ぼくには数字が風景に見える」。

ぼくには数字が風景に見える/D. タメット
¥1,785
Amazon.co.jp



まだ、紹介できるほどは読んでないけど、一応ね、
こういう本だと。

サヴァン症候群とアスペルガー症候群の筆者が語る、
独自の世界。
例えば、数字には形や色があり、それを判別することで
瞬時に計算が出来る。高桁数の掛け算もひと目で答えが出る。
数字にそれぞれ独自の「個性」があるというのだ。

こういう感覚を「共感覚」という。
一般的な共感覚は数字に色がついているというもの。

ちなみに私は数字を見ると色をイメージする。
例えば1は白で、5は緑。
買ったイチローの本が緑と白色だったことがあるが、それには
すごく納得できた。「51」の色だったからだ。

しかし、ここでいう「共感覚」はそれではなく、
本当に色が見えてしまうようだ。
だから、文字自体の色がそれと違う色で塗られていたりすると、
すごく気持ち悪いらしい。
もっとユニークな共感覚は、音に「味」があるというもの。
人の会話を聞いていると、口の中に色んな味がするという。
面白い話だが、実際は音によってソーセージとかキャンディ、
黒焦げの味とかいろんな味が同時に混ざるので非常に
大変らしい。どうやら幼少時代に味わった「味」が
関係しているようだが、美味しい「味」ばかりでは無いようなので
ちょっと辛そうだ。

こういう能力は特殊であり、サヴァン症候群などの症状を
もつ方に多くみられるという。


ちなみに私は専門家ではないので、いい加減なことを
書いているかもしれない。これはその程度のつもりで
読んでいただけると幸いである。


私はモノを憶えるのが苦手だ。
サヴァン症候群の方は凄い記憶力の方が多いらしい。
そういう意味では、私とサヴァンの方は正反対のようである。
しかし、私だって好きなことに関しては割と記憶力がいい。
「何でそんなこと知ってんねん」と突っ込まれたりする。
好きなことは何故記憶力がいいのか。
脳がやる気あるからといえばそうだろうが、具体的には
「連想繋がり」出来るものが多いのだろう。
あっちこっちとキーワードが結びつき、憶えやすくなるのだ。
反対に、興味のない事は「連想」が出来ない。もしくは乏しい。
あまり他の情報と結びつかないので、記憶しづらいのだ。

英単語を覚えるときも、具体的な映像が浮かべば
格段に憶えやすくなる。さらに、その映像が独自であるほど
忘れにくい。逆に、具体的映像が浮かばない、浮かんでも、
他の単語とバッティングするイメージとかだと
その他大勢に埋もれて忘れてしまう。

記憶には連想と想像力が大事なのだ。

サヴァン症候群の超記憶力を持つ方は、その想像力が
ずば抜けているのではないか。
数字や文字など、抽象が極まった図形でさえ、その想像力で
個性を持たせてしまう。
故に、連想も無限に広がり、恐るべき記憶力を持つことに
なるのではないだろうか。
勿論、それだけでこの事象を説明は出来ないだろうが、
サヴァン症候群の多くの方が自閉症を持つのもこれと
無関係ではないと思う。
コミュニケーションが困難になるのは、そこにある情報が
膨大すぎて処理しきれないからではないだろうか。


別々の感覚をつなぎ合わせる「共感覚」は
特殊な能力に思える。
しかし、これに似た能力は全ての人間、
もしくは生物に備わっているのではないか。

例えば上記の「音に味がある」というのは言葉で表現できる。
しかし、言葉で表現できない能力もたくさんあるはずなのである。
世に活躍する人の中には、こういう「説明できない」共感覚を
駆使しているように見えてならない。
そもそも人間は「感覚」を「言語」に変換してきたではないか。
あるいは「言語」にならなくとも、なんらかのパフォーマンスに
開花、消化してきた。それを「芸術」という。
これぞ「共感覚」と起源を同じくするものではないのか。
「人間らしさ」と「共感覚」はさも似たりだと思うのである。

こういうことを偉そうに書いている私も、上記の本はまだ
読み始めたばかりである。
せめて読み終えてから書けと言われそうだが、
全部読んでからだと頭の中の情報が多すぎてとても
まとめられない。結局「もういいや」になってしまう。
私事で全く申し訳ないが、はきだした方が健康にいいのだ。


「共感覚」とは違うかもしれないが、上記で触れた連想的、
私の数字のイメージを書いておく。
他の人のイメージなどもぜひ理由つきで聞きたいものだ。
ちなみに私は季節の「月」のイメージによっていると思う。

0…無色。透明な感じです。ゼロだからでしょう。
1…白。多分「雪」。正月の「餅」もあるかもしれない。
2…赤。節分の「鬼」だろうか。「南天」かも。
3…水色。よく判らない。友人の誕生月を思い出すが…
4…ピンク。これは「桜」でしょう。
5…緑。「新緑」の季節ですもんね。
6…青。「雨」と「あじさい」の色。
7…黄色。七夕の「星」の色。星いっぱいの夜空を思い出します。
8…茶色。よく判りません。「アブラゼミ」の色でしょうか。
  暑さを和らげる「すだれ」かも。「土」もありますね。
9…青紫。「十五夜」の空の色。なんかロマンチックです。
10…黄土色、もしくは白。数字的に1と0とで「10」なら
   白のイメージに。カレンダーだと「土」のイメージに
   なります。「運動会」の赤土でしょうか。
   思えば不思議な数字です。
11…こげ茶色。「落ち葉」と「腐葉土」の色ですね。
   算数などではねずみ色になります。白が汚れてきたような、
   そんな感じ。
12…赤。「サンタ」が原因?寒い季節、暖かさの象徴です。

その他の数字は例えば「17」は1の白と7の黄色の
合わせた色合いになります。混ざるわけではなく、
「目玉焼き」みたいなイメージです。
10と11は例外なところもあります。
みなさんはいかがでしょう。