はむはむ草 朝里庵 -12ページ目

はむはむ草 朝里庵

はむはむなるままに、ひぐらし。

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え~、前日記の続きです。


え?


読んでない?


長いし、読みにくいし、めんどくさい。


うんうん。



馬鹿もん!


それで正解だ!


いやいや。



何かの技術を習得していく時に、
ブロックを積み上げていくというイメージを話した。
今回は、そこに書き漏らしていた事だ。


技術の習得で重要なこと。
新しい感覚を積み上げていく際、そこで必須なのが
チューニングだ。絞込みと言ってもいい。


イメージに頼って話すが、求め学ぶことにより、
新たな知識であるブロックを、自らの土台に積み上げていく。
このブロック構造は、技術のタワーだ。
技術である以上、実用が出来てナンボということになる。
このタワーが実用に耐え得るか。
その為に行うのがチューニング(絞込み)なのである。


ブロックを積んでいくと、だんだん大きなタワーになる。
その大きさは、持ち主に自信を持たせる事となる。
しかし、ブロック一つ一つが技術の要であるのならば、
その技術を使う時、その各ブロックの知識を使う事となる。
ちょうど、タワーに電気が走るような感じだろうか。
タワーからかき集める情報は、タワーが大きくなるほど
多くなる反面、集めるのに時間がかかるようになるのだ。


技術の高さとは、知識量だけではない。
速さである。
プロとは、速さがあるからプロなのだ。


仕事が遅いプロフェッショナルがいる。
彼は、絞込みが出来ていないような気がする。
しかし、そうではないのだ。
かかっている仕事があまりに複雑で、遅く感じるだけなのだ。
彼の内部では、あらゆる雑事の決断が常に迅速に行われている
はずなのである。


では、チューニング(絞込み)のイメージ。
ブロック構造自体をシェイプアップして、
主要回路を決めていく。
繰り返すことにより、結果こうなったという感じだろうか。
そして、構造そのものを小さくしていく。
ドラえもんのスモールライトを使ったかのように。


電子回路が小型化するのは場所や重量の問題もあるが、
一番の狙いは情報伝達速度のアップである。
距離が短くなれば伝達速度も上がる、ということだ。
ブロック構造を小さくすることにより、
情報の伝達速度をアップするのだ。
そうすれば、複雑な処理をすばやく行い、
あたかも簡単な処理しかしていない様に見えるのである。
複雑なことを難なくゆらりとやってしまうプロフェッショナルを見ると、
そんな気がしてくる。



ブロックを地道に積んで、
そしてチューニング(絞込み)をする。


ブロック積みが新たな知識や感覚を求めるものであれば、
チューニング(絞込み)はどうやって行うか。
それは、繰り返しである。
繰り返すことで、調整をする。
大脳から、小脳に処理を移す。
一説によると、最低2万回。
逆にいえば、それだけやれば、大概のことは身につく。


どんなことでも、手だれになるほど体の力が抜けてくる。
感覚が絞り込まれてくるわけだ。
神経を例えれば、
麩菓子がピアノ線にだんだん変わっていくような感覚。
私?
いや、ぜんぜん。
まだまだこれから。

今日、ある練習をしていてふと思った。


私は最近、色の付いた絵をよく描く。
実は、今までそれほど色付けはしなかったし、
実際それが苦手だった。
もちろん、何かで絵を出したりする時は色を付けたりもしたが、
本格的に絵を描く人からすれば、おぼつかない絵を見て
「そりゃそうだよ」ってくらいの練習しかしてこなかったのだ。


これがずっとネックになってた。
色塗りを練習しなくちゃ。
そう思いつつ幾年か。


ここにきて、PCの色塗りを始める。
画面の制限があるのがやっかいだが、
いちいち絵の具を出さなくとも良い。
失敗しても、とりあえずやり直しが効く。


絵の具が嫌いというわけではないが、練習には億劫だった。
画材代も馬鹿にならんし。


で、やっと色塗りの感覚が出てきたのだ。
上手くなったという気はないが、
「次はこうしてみよう」というのがはっきり頭に
浮かぶようになった。工夫が楽しくなってきたのだ。


ここから本題。自分が高めようとしている技術は、
私の中ではレゴブロックのような感覚がある。
接続できるブロックをひたすら積み上げていく感覚。
ただ、好きなブロックを何処にでも接続できるわけではない。
その辺はジグゾーパズルに近い。
ひたすら上に積み上げていくパズルのブロック、
そんな感じだろうか。


上達には、その次のブロックを積み上げなければならない。
しかし、それが何か分からないことがある。
まずそれを探すこととなる。
候補を見つけても、それが正解かはまた別。
積もうとすれば、まだ間に何かが必要だったりする事はよくある。


また、ブロックはたくさん集まって構造をなしているので、
次のブロックは1つだけではない。
見つからないブロックを迂回して、構造を積み上げていくことも
可能だ。
そのブロックを丹念に詰めていくほど頑丈でゆるぎない土台が
出来ていく。


私の話に戻すと、次のブロックは「色塗りその1」だったわけだが、
それを避けていたのだ。
今回、そこに向かう事が出来た。
幸いなことに、ブロックが見つかった。そういう事。
土台が出来て、次のブロックを迎え入れる用意が出来たわけだ。
もちろん、「色塗りシリーズ」は半永久に続くはずだ。
しかし、色を塗ることによって、自分のデッサンのくるいが
目立つようになった。思わぬ効能だ。
白黒だけではまだまだ気づけなかったであろうに、
色なしの分野でも、一歩進めたわけだ。


次のブロックを見つけることは、大事なことだ。
技術を高める為にやっているのだから、当たり前といえばそうだが、
どんな小さなブロックでも、発見して積んでいくことにより、
希望が持てるのだ。
今日は昨日より前進している。そう思える事がどれだけ
大きいか。


あー、長い。


そのブロックの妄想が頭をよぎった時、
今やっている練習を通して「教える」ということとは何か、と
思った。


教えているのは私ではない。私は教わっている。
「教わる」とはどういうことか。
技術面での話である。
次のブロックが欲しい。
それは、生徒である私。


先生は、教える時どういう考えなのだろう。
それは分からないので、自分が教える時を想像してみた。


①自分の経験によるカリキュラムから、次のブロックを教える
②相手の欲しがるブロックを調べ(勘づき)、相手に提示する
③相手の不足分を指し示し、そのブロックを与える。


日本では①③が圧倒的に多い気がする。
問題は、それで最大限の効果が出るかどうかだ。
①、これは個人の経験だけではなく、教科書なども当てはまるであろう。
皆同じブロック構造を持て、という発想である。
ある程度は効果があるだろうが、果たして皆、同じ構造を
持てるのだろうか。問題は受動的で、自己開発の疑問に
いまいち対応出来ないことである。


③、これは一見、現場対応で非常に効果的に見える。
しかし、問題はやはり生徒が受動的である事だ。
欠点を指し示してくれるのはありがたいのだが、
自分自身が持つ疑問点を一旦捨てなければならない。
同時並行的な学習法である。
その点、自己開発が行き詰まりを見せているときは
良い揺さぶりになると思う。


残るは②の
相手の不足分を指し示し、そのブロックを与える。
であるが、
この方法は先生側に高い対応能力が求められるものの、
相手の思考の能動性を認めているので、非常に効果があり
発展性を望みやすいと思われる。
ただし、上記で述べたとおり、次のブロックがすぐに見つかるとは
思えない。提示しても、まだまだ先のブロックであったという
ことは多々起こるはずである。
最終的にブロックを発見するのは生徒である本人であるから、
相手にヒントを与える教授法となる。
また、「自分で考える」というのは本能的でありながらも、
やはりその方法は学習で培われるものである。
その方法自身を同時に悟らせて(盗ませて)いかなければ
ならないので、本質的ながらに困難を極める教授法であるのは
間違いない。


余談だが、その辺のバランスを考えた結果、
職人は技を「盗め」になったような気がする。
自分で考えてナンボだから、という思想が根底にある気がする。


さて、私は以上の事を先生に考えてください、
などという気はない。
むしろ、教わる側の心構えと工夫を編み出したいのだ。
自分が先生になれば、そりゃ気にはするが、
教え教わるというのは本来一体のものである。
互いに協力がなければ結果が出るはずもない。
生徒は生徒で、先生の本音と期待の場所を見抜き、
そこから得られるものを最大限にしないと、
「もったいない」のである。


いや、そこはいいんだ。
今回は、「上達希望」って話。


最後に。
上達に希望があるとすれば、上達することにより
「上達法」のレベルまで上がることだ。
積み上げ方そのものが分かってくるということだ。
結果、上達のスピードが上がるし、他の分野にも応用が効く。


だといいな。


今週のタモリ倶楽部は面白かった(関西)。
「麩」の販促についての話。
何気に感化されて、麩を購入する。


高たんぱく、低カロリー、しかも、味がない!(推奨コピー)


しかし、低カロリーというが、原料が麦だけに
大部分が炭水化物なんだよな…
比較的、というところか。



先日の体脂肪計の話だが、
足だけで測るタイプは起きがけと寝る前の誤差が
大きいらしい。
体の水分がだんだん下部に下がってくるとか。
やっぱ数値はあくまで目安、
有酸素運動とカロリー制限が基本なのでありました。

夜寝る前に体脂肪を計ったら18%。
喜んで布団に転がり、
朝になってもう一度計ったら21%。


なぜに。
水分が奪われるのと、脂肪が作られた結果かしら。


どちらにせよ、お腹の脂肪を減らす為に色々試している。


1つは腹筋。筋トレをするのは何年ぶりか。
武道関係の本を読んでから筋トレはやめた。
見せる筋肉ではなく、使える筋肉が欲しかったから。
今はそこまで極端には考えていない。
やりすぎなければそこそこ役に立つはず。
それはいいや。
今回の腹筋はあくまで脂肪を取る為。
1日30回。
何?少ない?
いいんだよ!毎日続けられないと意味ないから。
調子のいい日はもうすこし余分にやっています。


もう1つは食事制限。
カロリー計算を(適当に)やって、およそ1500以上は摂らない。
揚げ物はなるべく食べない。
ご飯を一回につき、一合以上食べない。
肉200gを100gにして、冷奴を付ける。
食べ過ぎない。
夜中は食べない。


しかし、
無理はしない。
ポテチ等をどうしても食べたいときは、3日に1回くらいの
頻度で許す。勿論、合計カロリーは1500で収める。


そんな感じ。
そもそも食べすぎだったしね。
食後、調子悪かったもの。消化にエネルギー使いすぎ。


おかげさんで、お腹は少しずつスリムになっている気がする。
私の場合、お腹が冷えるとすぐ腹を壊すので
それがいいかは分からないが…


運動も、もっとしたいけどね。
なかなか日常に組み込むのは難しいです。
割と激しい運動は週一くらいかな。
本来は2~3日に一度がベストなのだけれど。



さて、そのダイエットの関係もあるが、
コカコーラZEROを買ってみた。
カロリーゼロという、ホントかよというやつ。
コーヒーのブラックだって、カロリーゼロではないんですが…
そんな食べもの作れるのかという疑問。


それはそうと、元祖ペプシネックスではいかんのかと。
私はコーク・ハイにコカコーラを使っていたので
今回もそれにしたんですね。はい。


で、味の方はどうかと。
最初の飲み心地はオリジナルと一緒。
味もかなり似ている。よく出来てるじゃんと思ったら、
不糖系甘味料のこってりした甘みが後味に残ってきた。
これは何故だろう。唾液で分解できないからだろうか。
誰か知っていたら教えてください。


もう1つの疑問。コカコーラZEROとライトは何か違うのか。
現在、どちらもカロリーゼロなんですけど。
成分表も同じみたいだし。ラベル貼り変えただけ?


謎は尽きない。

昨日某喫茶に行ったら、
窓際席でカップルがいちゃついていた。
カウンター席のような横並びの席で、
男性は女性の方に体ごと向けて、相手の手を弄っている。
女性も嬉しそうで、
今にも齧り付きたいのを我慢しているかのように
互いをもてあそんでいる。
しかし、話は弾んでいて特にひそひそでもない。


エロい。


これは性行為そのものよりエロい。
そう思った。


人間は、いつも情欲に駆られているわけではない。
人間は年中発情期ともいうが、
だからといって、そんなことばかり考えていられない。
ただし、「性欲」という衝動はいつも持っている気がする。
フロイト的な考え。
絵を描いていても、「情欲」や「肉欲」は感じない。
でも、性欲はある気がする。異性云々ではなくて、
人としての根源的な欲求。
それと「性欲」は繋がっている気がするのだ。
宮沢賢治的にいうと、自然と繋がりたいとか。
森羅万象、曼荼羅を感じたいとか。そういう感じ。


話を戻す。


例のカップルは乳繰り合いながらも普通に会話を楽しんでいる。
つまり「性欲」と「肉欲」の境を行ったり来たりしているのだ。
映画のように、互いに言葉なく見つめあい出したら
それはもう「肉欲」「情欲」の世界。
しかし、彼らは談笑している。
「性欲」と「肉欲」の境界面をじりじりと楽しんでいるのだ。
これほどエロいことはない。


感情の回転扉を抜けて、パタリと別世界に行く。
これはとてもセクシーなことだ。
オタクの「萌え」も似たようなことではなかろうか。
扉を開ける動機は本能であり、そして文化だ。
文化はエロスだ。扉が開いても、閉じてても。