その言葉を知ったのは大分大人になってからだ。
当時私は小学校低学年だった。
周囲にどんどん新築の家やお店が活気立ち乱立し好景気に沸いていたのだろう。
その中に大きな工場があり、そこには今で言う「看板犬」が居た。
下の階は何かの製造工場で上は豪華な作りの家だった。
上から花が蔦沿いに垂れ下がっていて子供が休日にはビニールプールを膨らませて
遊ぶ声が聞こえてきた。
何人家族かは定かではないが今思えば随分若い夫婦だったのだろう。
学校の行き来にそこを通るとたいてい看板犬が居て、ちょこんと鎮座していた。
その時は小型犬だったのだが季節が廻り大型犬になり、私ははじめて
「セントバーナード」という犬種を知った。
何回かの秋が来て当時の好景気は一段落と言う時だった。
学校の帰りにそこを通ると全く人の気配はなく、奇妙な張り紙が
そこいらに貼ってあった。
見上げれば蔦の這った花はとうに枯れて垂れ下がっていた。
工場のシャッターも閉まったままだった。
ただ、大型犬が小屋の近くに繋がれたまま丸まって寝ていた。
時々、あの犬がどうなったのかと思う時がある。
私が「夜逃げ」という言葉を初めて知った出来事だった。
あの犬に一体何の罪があるというのだろうか。
思わずにはいられない。