1、男が先に造られた意味
創世記1:26~27を見ると、神様はあらゆる環境を最高に整えられた後、人間を他の動物とは全く異なったものとしてお造りになりました。神様は、「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。」と仰いました。「人をご自身のかたちに創造され、男と女に彼らを創造された」のです。人間は神のかたち、神の似姿なのです!ハレルヤ!ですから、人間は動物と全く異なっています。人間は動物と同じように、土から造られましたが、その土の器には神のいのちの息が吹き込まれ、生きるものにされたのです(2:7)。
主の方法は男をまず造り、ひとりであることに気付かせ、助け手の必要を意識させます。そして、その男に深い眠りを与え、つまり、男が死んだような状態になり、その男のあばら骨をとりだして、女が生まれた、ということなのです。これは、人間が動物のように単に雄と雌ではないということを教えています。ここには深い真理があります!
ところが、多くの人々は、人間を雄と雌だと動物のように、進化論的に考えます。そのように進化論的に考える人たちは人間を単なる自然の生物と考え、人間が神のかたち、神の似姿であることを考えないのです。ですから、イスラム教は一夫多妻です。これは、たくさんの女性を娶ってもいい、という物質的、動物的制度です。女性を人格として見ず、性的対象、繁殖能力のある道具のように見ているからです。ですから、実際、歴史的に現代に至るまでも、人間は女性を奴隷のように、商品化し、人身売買の対象としてきました。女性の地位を低くし、虐待してきました。このように、神様の創造の秩序、創造の原理を無視すると、夫婦の危機、家庭崩壊の危機がやって来ます。
では、神様はどのように人間を造られたでしょうか?アダムは最初、独りぼっちでした。その時、最初に神様がアダムのもとに野の獣や空の鳥を連れてきました。彼はその何千種類に名前を付けるほど素晴らしい知恵と想像力に満ち溢れていました。けれども、その時、アダムは気づきました。「あっ、動物には雄と雌がつがいになっているのに、自分は一人ぼっちだ」と。
ですから、青年の時期において大切なことは何でしょうか?結婚前に必ず親元を離れるということです。これが聖書的方法なのです!そのように、神様はアダムに真の助け手の必要を自覚させた後に、18節で、神様は仰いました。「人が、ひとりでいるのは良くない。わたしは彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう。」このように、結婚は、男性が女性を受け入れる準備が出来た後にするものであることが分かります。まだ、男性が霊的にも、物質的にも準備が出来ていないで結婚すると、問題が生じてしまいます。神様はまず男を造られ、男が長い間、女性を待ち望み、女性を憧れるようにされたからです。
この「人が、ひとりでいるのは良くない」とはどういう意味でしょうか?男は完成されていない、未完成だということです!女が造られないと、人間は完成しないということなのです!そこで、神様は助け手を造られました。男の足りないところを補ってくれる存在、それが女です。けれども、多くの男性たちは、自分がお金を稼ぎ、腕力もあるので、女性を見下します。粗末に扱います。なぜでしょうか?神様の創造の原理をよく知らないからです。
「人がひとりでいるのはよくない」とはどういう意味でしょうか?第一に、人は神様とともに生きていかなければならない。第二に、男性と女性は一緒に暮らさないとならない。第三に、女性がいないと男性は未完成品、だということです!
2、男の死によって女は生まれた!
皆さんに1つお聞きします。女はどのようにして生まれたでしょうか?土から造られたでしょうか?違いますね。男は確かに土から造られましたが、女性は土からではなく、人間、男性から造られました。女は言わば、男よりずっといい材料で造られています(笑)。言ってみれば、男は一次加工品、女は二次加工品です。女は男のあばら骨から造られました。土からではないのです!動物は土から造られました。ですから、土から造られた男は細やかさに欠け、動物に近いのかもしれません;^^。そして、女は男から造られました。これが神様の方法なのです。
21節をご覧ください。「神である主は深い眠りをその人に下されたので、彼は眠った。そして、彼のあばら骨の一つを取り、そのところの肉をふさがれた。」まず、第一に、女を造るとき、神様はアダムを材料として造るため、アダムに深い眠りをお下しになりました。これはあたかも手術するとき全身麻酔をして、何もわからないような状態にするようなものです。『深い眠りをその人に下された』とは死んだということと同じです。つまり、女は男の死によって生まれたのです。男が死ぬと女が生きるということなのです!ですから、男性の皆様!死にましょう;^^
では、女はアダムのどの部分の骨から造られたのでしょうか?「あばら骨」です。「脇腹」です。ですから、女の居場所はどこでしょうか?男の脇腹です。女が一番幸せなのは男の脇腹にある時です。そこが本籍であるからです。ですから、けんかして男が勝つと、寂しくなります;^^ですから、男は負けないといけないのです。つまり、自分のわき腹を大切にし、愛すると、男が幸せになるのです。これが創造の原理です。つまり、男と女は1つであり、ともにいのちの恵みを受け継ぐものなのです(第一ペテロ3:7)。神様は植物、動物、そして男を造られた後、一番最後に女を造られました。ですから、女性は一番最後に造られた神様の作品なので、よくできているのです!
22節「神である主は、人から取ったあばら骨をひとりの女に造り上げ、その女を人のところに連れて来られた。」「その女を人のところに連れて来られた。」が大切です。結婚とは何でしょうか?神様が女をアダムのところに連れて来ること!これが「結婚」です。ですから、自分たちだけで、一目惚れして一緒になってもなかなかうまくいきません。そこには“神様がおられない”からです。ですから、結局お互いに衝突して、傷つき、それがエスカレートすると、敵のようになって憎み合います。なぜでしょうか?創造の秩序を守らなかったからです。つまり、夫と妻の間にはいつもイエス様がいなければならないのです!
人間は罪人であり、あたかも釘だらけの棒のようなものです。ハリネズミの夫婦がそのよい例です。お互いぶつかると刺し合います。それが罪人です。ですから絶対的にクッションが必要なのです。それがイエス様なのです。だから、神様が主導権を持って、女を男のところに連れて来られたのです。これが結婚ということなのです!
3、ふたりが1つとなる栄光
女は男のあばら骨から取り出されました。そこでアダムは言いました。「これこそ、ついに私の骨からの骨、私の肉からの肉。これを女と名づけよう。男から取られたのだから。」(創世記2:23)。ここには真の助け手を見出したアダムの大きな喜びが感じられます。そして、聖書はこう言うのです。「それゆえ、男は父と母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりは一体となるのである。」(2:24)。イエス様はこのみことばを次のように説明されました。「ですから、彼らはもはやふたりではなく一体なのです。そういうわけで、神が結び合わせたものを人が引き離してはなりません。」(マタイ19:6)。
韓国のデジョンという都市にバプテスト教会があります。そこには金ソンジャ先生という女性の伝道師がいます。彼女は若いとき、交通事故に遭ってしまいました。この下半身が麻痺し、まったく感覚がなくなってしまったのです。手で自分の足をつねっても、叩いても感覚がないのです。神経が完全に切れてしまったのです。医者は「医学的に直すのはまったく不可能だ」と言いました。ですから、彼女は家からひとりで出られません。お母さんと2人っきりです。何もできないのです。車椅子に乗せてもらうのにも何人もの手が必要なので、家ではずっと寝たきりでした。ただ食べることだけ。「いつ死のうか?」と考えても、力がないから死ぬこともできない。起き上がって座ることができない。この状態が3年続きました。友達は全部彼女から去ってしまいました。
けれども、教会の友達が来て、彼女の手足となってあげました。そして、彼女に福音を伝えました。「神様はあなたをありのままで愛しておられます。でも今までの自分中心の生き方をしていては幸せになれません。あなたの罪と呪いを身代わりに背負い、あなたの罪の罰を受けるために神様が人間の姿になられ、十字架にかかってくださったのです。そのお方がイエス・キリストです。このお方をあなたの救い主として受け入れませんか?もしかすると、このようになったのは、神様が多くの障害者たちの希望の光になるためだったのではないですか?」この言葉により、彼女は深く慰められて、イエス・キリストを受け入れました。事故に遭ってから3年が経ち、こうして希望が与えられたのです。
しかし、彼女は何度も立ち上がろうとチャレンジしますが、その度ごとに倒れます。でも、彼女は決してあきらめませんでした。何度も座る練習をするのです。何度も、何度も倒れても、その度ごとに「主よ。私を助けてください。主よ。私を助けてください」と祈りました。そして、やっと座ることができるようになったのです。彼女が真っ先にしたことは手紙を書くことでした。彼女は座って手紙を書きました。そしてその手紙を通して、多くの人々にイエス・キリストの恵みを証したのです。人々はその手紙をもらって、彼女のもとを尋ねてきました。そして彼女に言いました。「私たちに何をして欲しいですか?」と。すると、彼女は言います。「私は教会に行きたい。私を車椅子に乗せてください」。
それで、車椅子に乗せて、教会にいつも連れて行ってもらうようになりました。礼拝を通して、彼女の心の中に、神様のみことばが次々と入ってきて、心が満たされました。すると、彼女に一つの夢が与えられたのです。それは、「自分は障害者のために奉仕をしたい」という夢でした。それで祈ったら、神学校に行く道が開かれました。しかし、神学校に車椅子を引いて、連れて行ってくれる人がいませんでした。ところが、彼女が障害者たちの集まりに行ったとき、ある立派な男性と出会います。彼女が47歳の時、韓国の超一流企業に勤める人と出会うのです。そこで、彼が彼女にほれてしまいます。それで彼がプロポーズしました。何と彼の年は33歳、彼女は47歳、14歳差です。彼はオートバイに乗っていて事故に遭い、頭を強く打ったため、舌が麻痺してしゃべれなくなってしまったのです。彼はこう言いました。「あなたはことばが出来ますが、私は、ことばはまったく駄目です。けれども、私は若いし、身体も丈夫ですから、あなたを車椅子に乗せたり、あなたの身の回りの助けがよくできます。ですから、私たちが一つになれば、幻のカップルになります。是非結婚してください。」と、しきりにプロポーズしたのです。その結果、2人は結婚しました。
その女性のお母さんも寝たきりになってしまい、この男性は、この2人の女性の手助けを喜んでしました。さらに、何と素晴らしいことでしょうか?会社から保険が出て、一生涯生活に困ることがないように豊かな経済的な保証をしてくださることになったのです。このように生活のしっかりした土台ができたことにより、障害者たち含め多くの人々を助け、神様のことを宣べ伝える人になりました。最初、ソンジャさんの群れは数十人の家の教会でしたが、その後、数百名の教会に成長したそうです。
神様はどのようなお方なのでしょうか?お互いを助け手として、夫婦を一つにし、神様の栄光を表してくださるお方なのです。けれども、このような男性と女性の結婚は何のためなのでしょうか?それは、天国におけるキリストと教会(私たち)との結婚のひな型を現すためなのです。ですから、エペソ5:31~32にはこう記されています。「『それゆえ、男は父と母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりは一体となるのである。』32 この奥義は偉大です。私は、キリストと教会を指して言っているのです。」ですから、パウロは「この奥義は偉大です。」と言っているのです。
皆さん、家庭がどれくらい大切でしょうか?家庭はイエス様と私たちとの関係を表す場所なのです!!逆に言うと、サタンはこの家庭を破壊しようと、創世記の3章からずっと悪しき策略を企てて来ました。このことをいつも忘れず心に刻んでいきましょう。家庭を破壊しようとするサタンの策略に対して、家庭の中心に十字架を建て、勝利を勝ち取って行きましょう!