紅林総合病院は五階建ての白亜の建物で、都内
今日も四十人を超える患者を診ていた。そのうち新患が半数以上で、それぞれ症状を聞きだすのに時間がかかっている。患者一人一人に真剣に向き合って診ているって感じだ。それと、この病院の非常勤医師風見一樹の存在が、彼女との人気を二分している。
彼は、弱冠二25歳でありながら、天才的な医師だ。17歳でオックスホード大学の医科部を卒業するという天才だ。院長の友人の遺児で、大学卒業後、彼を日本につれてきて、いままで何かと面倒を見てきた。彼は、医学全般的に、秀でていて、特に手術は、舞子も舌を巻くほどの職人技である。顔も甘いマスクで、芸能人のアイドルのようで、特に若い患者に、人気がある。ただ、彼は、確かに医学の知識と技術に関しては立派だが、まだ精神の方が伴っていなく、舞子も眉を顰めることが少なくない。彼も一般の成人とかわりなく、舞子たちが時代遅れというのか、風見の考え方についていけなかった。その一つとして、彼は、週のうち、三日こそ働かない。かけ持ちというより、働きたくないというのが、彼の信条らしい。それでも人並み以上の贅沢な生活ができる給料を貰っている。院長は、その話を聞くと、黙って笑っているだけだった。普段から厳格な院長も風見には、寛大であった。その理由は、いろいろな面から考えられる。院長の友人だった遺児ということ。それに在学中に、ブラックジャクの出現だと噂のあった彼を卒業を待たず獲得に乗り出した、病院は多かった。プロ野球のドラフトのような大物であった。ところが、風見は、それらを振り切って、父の迎えに従った。誘いのあった病院なら、当病院の給与より、格段であろうに、なぜ風見は、父に従ったのか、舞子のなかでは、謎になっている。風見の頭脳と手術の腕は、確かに熟練の名医の域にすでに達していた。彼の噂を聞いて、総理大臣の胃潰瘍の手術、
財界のドンと呼ばれた、奥村会長の脳腫瘍など、舞子とチームを組み執刀し、完治させた。そのため、紅林病院は、日本でもトップクラスニランク付けされるほどになった。
最後二枚のカルテが残った。舞子は、その一枚のカルテに目を通した。紹介状付きの患者である。会社が実施した、家族検診に引っかかったのである。患者の名前が藤村圭子、そして生年月日、歳は二十二才、既婚者で七ヶ月目に入る、女児がいる。舞子は、乳房に痼(しこり)り、と書かれた白紙に近いカルテから、しばらく目が離れなかった。藤村は、サングラスを掛け、ガムを噛む口をせわしく動かしたまま、彼女は診察室に入って来た。舞子の目が、突き刺さるように、患者の藤村を見た。藤村はスツール椅子に座ると、真っ赤なミニスカートの足を組み、舞子の目線に動じることなく、睨み返すように受けとめた。看護師の中村は、舞子が、いつになく険しい表情になったのを患者の態度のせいだと思った。看護師の中村は、サングラスとガムのことを注意した。藤村は、サングラスを取り顔に掛かった長い髪を項に流すと、看護師に不敵な笑みを見せながら、真っ赤な唇から吐きだしたガムを指で丸め、足元のクズ篭に投げ入れた。
看護師は、露骨に嫌悪の表情を剥きだしにしたが、反対に舞子は、いつものように微笑むような柔和な眼差しに戻り、症状の問診を始めた。
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