結局我が家は本格的な不妊治療に進むことはしませんでした。二人目がほしいと思い始め、避妊をやめてから3年半が経過。タイミングなんてもんは月に数回、排卵時期なんて考慮ゼロ。さすがに…これじゃ確率低いよなぁ、と思って夫婦で話し合おうともしましたが、夫はもうそれはそれは非積極的。そういうのは自然に任せるもんでしょ?以上!はい、終了。

一方、私は私で踏み切れないところもありました。お金の問題、時間の問題、それ以上に「妊娠成立」をゴールとしたプロセスとしての不妊治療の効果に懐疑的だったからです。
もちろん異常がないか検査するのは大事だし全く無駄じゃない。不妊の原因が見つかればそこをクリアする必要がある。でも私の場合はすでに一人産んでいて、定期的に排卵もあるしこれまで婦人科の検診は花マル優良児。どっちかっつーと50を過ぎてる夫の方が不安要素だと思ってました(精子クライシス!)。タイミングを合わせるなんて夫には逆効果だし、人工授精のために病院に通う?薬の力を借りる?仮にその先体外で受精までは確実にできても着床して妊娠成立までは自然に任せるのと確率的に大差ないのでは…という思い。(あくまで私個人の意思決定であって、不妊治療は意味があることだし素晴らしい医療技術だと思います)

まあ要するに、不妊治療に踏み込む勇気が無かっただけです。

私たちは無意識に「努力して頑張った分だけ目標に近づける」とか「物事には理由がある」という考えを持っていると思うんですよね。でもその考え方が妊活においては自分をすっごく苦しめることになりかねない。努力しても努力しても目標である妊娠に近づかない一方で、全然努力してない隣の人が何の苦労もせず妊娠したりする。こうなると強烈な自己否定が起こります。

なので、私は不妊治療以外で私にできることを考えました。排卵時期を知ること。もう少し回数を増やすこと。願わくば夫に知られずにタイミングを合わせること。夫に健康でいてもらうこと。
それと、もう1人子供が欲しい気持ちの裏には自分が産休に入りたいから…という邪な気持ちも正直なくはなかった。このまま妊娠できなければ仕方ないと受け入れることも決めました。

自然に任せる派の夫はタイミング狙って予告でもしようもんならすぐダメになるタイプなので、今でしょ!って時にできないとイライラしたし笑、周りでどんどん一人っ子家庭がいなくなるのはやっぱり辛かったです。お腹が大きくなった同じクラスのママを見て「あ、二人目できたんだ…」と思うと話もできませんでした。1人目がうちより後に生まれたところに「第二子が生まれました!」と聞くのも複雑な気持ちでした。何度も検査薬を使っては真っ白の陰性に傷つき、毎回毎回滑り台のように下降するグラフを見るのも嫌になって基礎体温もやめました。

そう思うと自分が妊娠発覚した今、どう振る舞うのが正解なのかさっぱりわかりません。

妊娠した理由も、しなかった理由もわかりません。何かがあったから妊娠したわけじゃないし、妊娠しなかった3年半は何かが悪かったわけじゃない。妊娠を望みながら叶わずにいる人はそれが1人目であろうと2人目以降であろうと、どちらも苦しい思いを抱えていると思います。赤ちゃんがほしいと思う気持ちは尊いです。苦しい思いをした分だけ、いざやってきた我が子への感謝の念は絶えません。無事にお腹の中で育って、産まれてほしい。ただただそう思います。