ロシア、イラン、北朝鮮、中国は米国の意のままにならない国だ。米国を実質的に支配しているのは一握りの超富裕層であり、その超富裕層が富を拡大させるために門戸を自由に開かない国が、米国にとっての敵対国とみなされ、超富裕層がすでに支配しているマスメディアを通して、それらの国を悪き国として世界に刷り込む。超富裕層に支配された米国は、国家として資源配分が非効率となり、国家としてのあらゆる分野で衰退が顕著になって来ている。米国に追従する日本や欧州も同様だ。それらの国の政治家のレベルはあまりにも劣化が激しい。米国が敵視する国の方がむしろまともで優秀な政治リーダーを抱えている。中国は14の国と国境を接するが、米国と異なり、これまで一度もそれらの国に侵攻したことはない(朝鮮戦争とベトナム戦争は中国による侵攻ではない)。米国史上最高齢の大統領は、もはやなりふり構わず、立場を利用して、自分や家族の資産を増やし続けている。それがメディアで言う自由で、民主主義の国、米国だ。今日のオーストラリア、Pearls and Irritations掲載、「Trump's threats are no substitute for diplomacy(トランプ氏の威嚇は、外交の代わりにはならない)」。執筆は、ウェリントンを拠点とし、中東情勢に加え、アジア太平洋地域の平和と安全保障問題について幅広く執筆している作家、ユージン・ドイルEugene Doyle。公共政策プラットフォームsolidarity.co.nzを運営している。

 

トランプ氏は以前から衝動制御が苦手だったが、Fワードの乱用、実際の爆弾攻撃、そして文明全体に対する脅威が日常茶飯事となっている今、事態は新たな段階へと突入しつつある。

「奴らはクズだ……病んだ連中に率いられた、凶悪で暴力的な連中だ。奴らには何かがおかしい。頭がおかしいんだ。私としては、もう終わりだ。」 これは、7月8日にイランを空爆し、覚書(MOU)の破棄を脅した後にトランプが述べた言葉だ。

アンカラでのNATOサミットにおけるトランプの暴言の後、ほとんど報じられていないのが、イラン側からの品格ある対応である。イランのファールス通信は、セイェド・アッバス・アラグチ外相がトランプの侮辱的な発言を一蹴したと報じた。同外相は、テヘランは下品な言動に対して下品な言動で応じるのではなく、行動で応じると強調した。

「文明的で勇敢なイラン国民に対して軽蔑的な言葉を用いても、その偉大さが損なわれることはない」とアラグチ氏は述べた。同氏はさらに、イラン人は「礼儀正しさ、文化、そして強固な道徳的価値観」で知られていると付け加えた。

私もその通りだと保証出来る。私はイランを何度か訪れており、直近では2018年に訪れた。現在もイラン人の友人たちがいる。中には反政府派もいれば、親政府派もいるが、皆、知性豊かで礼儀正しい人々だ。イランを旅すれば、礼儀正しさと寛大さがイランの文化に深く根付いていることに気づかざるを得ない。

そして、米国人について言えば。

1998年にニュージーランド代表団の一員としてクアラルンプールで開催されたAPEC首脳会議に出席したことを覚えている。当時、米国の外交官たちは「クラスで一番の優等生」と見なされ、模範とされる存在だった。そんな時代はとっくに過ぎ去ってしまった。トランプ氏が以前、ホルムズ海峡をめぐる威嚇の中で「海峡を封鎖すれば、お前たちの国はなくなる。お前たちはクソみたいな自国にすら戻れなくなる」と発言した際、彼の外交官たちはその過激な表現を和らげようとする努力を一切しなかった。トランプ氏はイラン文明全体を一夜にして滅ぼすと脅したが、西側諸国は異議を唱えなかった。品格がない。

現在、西側諸国を率いているのは、ニューヨークのマフィアを老いぼれさせたような人物だ――暴力的で教養がなく、誰かを「始末する」ことがあらゆる問題の解決策だと信じ込んでいる。トランプ氏の暴言は、単に道徳教育の欠如を反映しているだけでなく、おそらく彼の深刻な認知機能の低下を物語っているのだろう。認知症の専門家たちは、罵倒や下品な言葉遣いの急激な増加を神経学的症状の一つとして挙げている。

トランプが怒鳴り散らす一方で、テヘランの洗練された外交団――トランプが米国の代弁者として送り込む不動産業者たちよりもはるかに国際法の微妙なニュアンスを理解している博士号取得者たちで構成されている――は、純粋に外交的な面において、静かに米国を出し抜いている。

トランプ氏の口汚い癇癪の理由は明らかだ。彼は「殺人」を許されていないのだ。イラン側は、米国やイスラエルが「了解覚書」に違反することを許していない。イラン外務省のエスマイル・バカエイ報道官は、米国が両国間で署名されたイスラマバード合意の枠組みに違反したと述べ、テヘランは国益と主権を断固として守り抜くと強調した。MOUの条文を読めば、イランの立場が正当であることは明らかだ。署名されたMOUの第1条には次のように記されている:

イラン・イスラム共和国および米国、ならびに現在の戦争における両国の同盟国は、本覚書に署名することにより、レバノンを含むすべての戦線における軍事作戦の即時かつ恒久的な終結を宣言し、今後、相互に対していかなる戦争や軍事作戦も開始せず、相互に対する武力の威嚇または行使を控えるとともに、レバノンの領土保全と主権を保障することを約束する。最終合意では、レバノンを含むすべての戦線における戦争の恒久的な終結、および本項のその他の規定が確認されることになる。「Pacta sunt servanda(合意は遵守されなければならない)」という原則は、ローマ帝国以前から国際法の基盤となって来た。米国の「例外主義」は、これまでこの原則に対する例外を自らに認めて来た(そして、米国が覚書に署名して以来、イスラエルによるレバノン南部での戦争および戦争犯罪は続いている)。もはや、そのようなことはあってはならないと願う。

イランは中東に新たなルールを課している。そのルールは、米国やイスラエルを含め、すべての人に適用される。

「礼儀は人を形作る」――これは私たち全員が学ぶべき教訓だ。約束は破るためにあるのではない。外交において、下品な言動や脅しはまったく無益である。

米国は制御不能な状態にあり、阻止されなければならない。イスラエルについては、その必要性はさらに倍増する。こうした理由をはじめ、さまざまな事情から、主権国家であるイランが、西側諸国全体がもたらす存亡の危機を退け、外部からの脅威にさらされて来た暗い数十年を乗り越え、すべての国民にとって活気に満ちた繁栄した社会として生まれ変わることを願っている。

ホルムズ海峡の支配権を確保することは、米国とイスラエルによる侵略戦争が深刻な結果を招くことを確実にするための現実的な一歩であり、イランが国際社会の一員として相応しい礼儀と敬意をもって扱われることを保証するものである。

 

アザミ