今日のオーストラリア、Pearls and Irritations掲載、「More room for dialogue with China in the Pacific region(太平洋地域における中国との対話の余地が広がる)」。9日の『South China Morning Post』より転載記事。執筆は、EMPグローバルとGEキャピタルで地域担当の要職を歴任し、マッキンゼーのコンサルタントとして中国事業の立ち上げにも携わった個人投資家のウィンストン・モクWinston Mok。マサチューセッツ工科大学(MIT)で学士号と修士号を取得。
米国が太平洋地域における封じ込め政策からの転換を示唆する中、中国にとって最も戦略的な動きは、Quad加盟国をそれぞれの国益へと方向転換させることだろう。
QuadやAukusといった反中国連合の重要性が薄れるにつれ、北京とその近隣諸国には対話の余地が広がる。先月の習近平・トランプ首脳会談における外交的な演出を超えて、対立の少ない米中関係がアジア太平洋地域に与える構造的な影響とは何だろうか。
5月下旬に行われたマルコ・ルビオ米国務長官のインド訪問とピート・ヘグセス米国防長官のシンガポール訪問は、この疑問に一定の答えを示している。ルビオもヘグセスも、トランプに同行して北京を訪れていた。
おそらく最も象徴的だったのは、米国政権による地理的用語の使い方の変化だろう。5月30日のシャングリラ・ダイアログでの基調演説で、ヘグセスは「太平洋」という言葉を17回言及した。昨年の同フォーラムでの発言では「インド太平洋」という用語を何度も用いていたのとは対照的に、今年の演説ではその表現を一度も使わなかった。
この微妙な変化は、大きな違いをもたらす。「インド太平洋」が封じ込めを連想させる概念であるのに対し、「太平洋」という単独の用語は、海の両岸に位置する二大強国の共存というビジョンを提示する。それは、アジアのどの国もどちらかの側につくことを強いられない、勢力均衡のビジョンである。
「インド太平洋」という枠組みは、中国を包囲する連合を構築するために、日本――特に安倍晋三首相時代――によって推進された。日本がアジアの経済大国であった頃、この地域の慣習的な呼称から逸脱する必要はほとんどなかった。しかし、台頭する中国の影に不安を感じると、日本は中国を封じ込めるために、より大きな円を描き始めたのである。
「四カ国安全保障対話(Quad)」と「インド太平洋」構想は密接に結びついている。Quadは、インド太平洋構想を制度的に具現化したものである。ヘグセスが最近この用語の使用を避けたことは、Quadの行く末を如実に物語っている。このことは、ニューデリーで開催されたQuad外相会合でも裏付けられた。同会合で得られた最も実質的な成果は、重要鉱物に関する協力であったが、この分野はすでに、重複する二国間・多国間の枠組みが乱立している領域である。重要鉱物に関する成果をこれまで上げられなかったQuadの過去の実績は、この新たな取り組みの将来を予見するものであり、その実現には数十年を要する可能性が高い。
Quadの対中姿勢は当初から不安定な基盤の上に立っていた。加盟国の大半は、他のどの経済圏よりも中国との二国間貿易関係が深い。米国の対中貿易額は最近カナダやメキシコに抜かれたものの、中国はオーストラリアと日本の最大の貿易相手国であり、最近ではインドの物品貿易における最大の貿易相手国にもなっている。
米国と中国が相互の歩み寄りに向かう中、Quadは拠り所を失った。また、高市早苗が日本の首相に就任したことで、中国が日本との歴史的対立を解決するのは容易ではないだろう。したがって、中国にとってより戦略的なアプローチは、日本を除外してオーストラリアやインドとの関係を改善することである。
オーストラリアの現労働党政権は、中国に対してより現実的なアプローチを採用している。中国政府もこれに応え、オセアニア地域における取り組みを経済開発と協力に重点を置くことで、相互に歩み寄ることが出来るだろう。中国とオーストラリアの経済は本質的に補完関係にある。両国は国境を接していない。
中国はオーストラリアの最大の貿易相手国である一方、オーストラリアは米国と最も強固な二国間投資関係を築いている。しかし、多くのオーストラリア人が中国よりも世界的な安全保障に対する脅威と見なしているドナルド・トランプ米大統領の下で、両国の歴史的な親密さは揺らいでいる。安全保障の面では、AUKUS安全保障協定の長い準備期間と、世論の厳しい監視にさらされつつあるこのプロジェクトの性質上、原子力潜水艦が最終的に引き渡される頃には、その意義が失われている可能性もある。中国は、結局のところ自業自得の愚行に過ぎないかもしれない事柄に、それほど注意を払うべきだろうか。
中国とインドの関係は、国境紛争によって断絶した。台湾問題を最優先事項とする北京は、ヒマラヤ山脈の国境画定について戦略的忍耐を貫く余裕があり、このアプローチは成果を上げつつあるようだ。
ワシントンがニューデリーに対して厳しい関税を課した後、インドのナレンドラ・モディ首相は昨年8月、天津で開催された上海協力機構(SCO)首脳会議の席上で習近平国家主席と会談した。それ以来、中国はインドに対する一連の輸出規制を解除し、インドも中国に対する投資規制を緩和した。産業用機器などの中国の輸出は、インドの経済発展に大きな弾みをつけることが出来る。台頭するインドが「もう一つの中国」になることをワシントンが警戒する中、ニューデリーは自らの条件に基づいて、産業化のために中国を活用すべきである。
クアッド(Quad)加盟国の中で、逆説的だが、日本こそが中国と最も強い経済的統合関係にある。日本は中国における最も初期かつ重要な外国投資家のひとつであり、現在も対中直接投資の主要な供給源としての地位を占め続けている。過去20年の大半において、中国は日本にとって最大の貿易相手国であった。
日中貿易は、双方向で高度な中間財や最終財で構成されているが、日本にとって中国との貿易は、その逆よりもはるかに重要である。とはいえ、両経済の相互依存性を考慮すれば、日本の技術やサプライチェーンへのアクセスは、中国経済にとって依然として重要である。したがって、中国は日本への経済的圧力をかける際、その度合いを慎重に調整すべきである。過度な圧力は悪循環を招き、日本の軍国主義への傾斜を強めるだけになりかねない。
中国のボードゲーム「囲碁」は、正面からの攻撃ではなく、互いに包囲し合うゲームである。トランプ政権の登場は、オーストラリアもインドも現在米国と十分に足並みを揃えていないという、歴史的な局面をもたらした。中国はこのまたとない好機を捉え、高市の師である安倍が仕掛けた包囲網を解くべきである。日本は盤上の位置が深すぎて、力ずくで打ち取ることは出来ない。中国にとって最も戦略的な一手は、クアッド(Quad)加盟国をそれぞれの国益へと方向転換させ、それによって封じ込め戦略の立案者を孤立させることだろう。
ギボウシ
