一昨日のビル・トッテン氏訳、「The Collapse of American Education(アメリカ教育の崩壊)」。12日の元米国経済政策担当財務次官補、ポール・クレイグ・ロバーツPaul Craig Roberts自身のサイトより。
アメリカの小学4年生の40%は読むことができない。自分の学年レベルの読解力を持っている生徒はさらに少ない。110人の中学2年生を担当するある教師は、学年レベルの読解力を持つ生徒は2人しかいないと報告している。https://www.bitchute.com/video/M8fPk94kCupI or https://www.youtube.com/watch?v=XTugyu2F0pc
子供たちは書かれた内容を理解できず、問題を考えて答えを導き出すことは彼らの能力を超えていると教師たちは報告している。
上記URLの15分間の動画は見る価値がある。私たちは、どんな仕事もできず、また民主主義において市民の参加を必要とする国内外の問題を理解できない世代を育てていることを示している。つまり、教育を受けた思考する市民がいなければ、民主主義は成り立たないのである。したがって、教育の失敗は政治体制をほかのものに変えることを意味する。
この動画の情報は技術、特にAIのせいにしている。AIは大人の理解力さえも損ない始めている。動画の後半は教師の給与改善を訴えるように見えるかもしれないが、動画が明らかにしているように、教師が教育現場を離れる理由は給与ではない。
AIが学習に及ぼす悪影響は、教育崩壊の最新の段階に過ぎない。過去の記事で私は、教育の衰退は地域密着型学校の崩壊から始まったと指摘してきた。同じ社会経済的階層の人々は管理しやすい能力範囲内でまとまる。これにより全生徒を同じ基準で評価できる。成績に差はあれ、基準範囲に収まらない者が多数発生するほどの大きな格差は生じない。
地域の学校は社会工学、つまり異なる社会経済階層を同一基準で統合する政策によって破壊された。その結果、基準を満たせない者が多くなった。この政策を問う代わりに、責任は人種差別に向けられた。人種差別を避けるため、教育水準は引き下げられた。これが魔物を瓶から解き放ったのだ。ほかのことも悪くなった結果、教室は混乱に陥り教師の統制が失われた。今日の教師は自らを「教師」ではなく「行動管理者」と呼ぶ。
もう一つの悪影響は、大学に教育学部ができたことだ。俺が学生だった頃、教育学の学位はまだ新しいものだった。私たちの世代を教えた教師は、教える科目の学位を持っていた。数学の教師は数学の学位、歴史の教師は歴史の学位、英語の教師は英語の学位、といった具合だ。教師の大半はその教科への愛情から教壇に立っていた。彼らの教科への理解はしばしば生徒に伝わり、数学や歴史、言語への興味を育んだ。教師は教育理論ではなく、教科内容そのものに精通していたのだ。
今日、卒業生の能力低下は既に現実になっている。レジ係は高額紙幣を小額紙幣に両替する方法を理解していないため、客の要求に応じられない。カスタマーサービス担当者の対応範囲は極めて限定的だ。深刻な問題は必ず上司にエスカレートされる。問題を解決するのに30分、1時間、あるいは半日かかることもある。昔は3分で問題が解決し、電話に出た者がその場で解決権限を持っていたものだ。今では最も単純な問題の解決にさえ、途方もない時間がかかる。
現在教育を受けている世代は、答えをAIに尋ねることに満足しているため、自ら質問に答えられるようには決してならないだろう。誰もが同じ考えを持つようになるだろう。それはAIが答える内容そのものだ。したがって、AIのデータベースを支配する者が理解を支配するのだ。さらに、AIデータベース内の物語に異議を唱えられる者は誰もいなくなるだろう。
この結果がもたらす影響は甚大だ。誰もが同じ考えを持つようになるだろう。多様性は存在しなくなる。データベースを掌握する者が絶対的な支配権を握る。人類は単に存在しなくなるのだ。
これこそが我々が直面する真の問題であり、イスラエルのためにイランを破壊すべきか、ガザをリゾート地に変えるべきかといった問題ではない。真の問題が放置されているという事実は、教育の崩壊がすでにあまりにも進んで、我々がもはや明確に考えられず、直面する真の脅威を理解できなくなったことを意味するのだろうか?
メジロ
