日本の政治家の劣化は、歴史的認識の欠如によく現れている。7日の衆議院予算委員会で、首相は、「台湾を完全に中国政府の支配下に置くため戦艦を使い武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだと私は考える」と答弁し、「台湾有事は深刻な状況に今、至っている。最悪の事態も想定しておかなければいけない」と付け加えている。2015年に成立した安全保障関連法では、日本と密接な関係にある他国への武力攻撃により日本の存立が脅かされるなどの明白な危険がある場合を存立危機事態と規定し、限定的な集団的自衛権の行使が可能となる。台湾は1972年9月29日の田中角栄と毛沢東の間で交わされた日中国交回復共同声明の第三項で、「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。 日本政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。」とされている。ポツダム宣言第八項は、「日本国の主権は本州、北海道、九州、四国と、連合国(米国、英国、中国)が決定する諸小島に限定される」と言うものだ。2007年4月11日から3日間、中国の温家宝首相が来日した際も、日中共同プレス発表の第三項で、「台湾問題に閲し、日本側は、日中共同声明において表明した立場を堅持する旨表明した」とある。日本は「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部」であることをすでに認める立場に立っている。従って、台湾は独立した一国家ではない。「他国」には当たらないのだ。国連もまた台湾を「中華人民共和国の領土の不可分の一部」として、独立した国家とは認めていない。また、国連憲章の敵国条項(第53条、第107条)は今なお有効であり、そこでは、第二次世界大戦で連合国と敵対した国々(日本、ドイツ、イタリアなど)に対しては、安保理の許可なしで強制行動をとりうるという内容となっており、日本が「台湾有事」を理由に自衛隊などを出動させれば、中国は連合国(米国、英国、中国)の一員として、無条件に日本を攻撃することが可能となる。米国でさえあくまで台湾を中華人民共和国の一部という立場を貫いている。今年初め、米国は台湾の頼朝明国家主席がラテンアメリカに向かう途中、米国を通過することさえ拒否した。そして、何よりも日本の政治家は中国という巨大な国に対して無知である。太平洋戦争で、米国という巨大な国に対して無知であったのと同じだ。今の中国に対する武力攻撃は米国ですら容易ではないのだ。 ブルガリアを拠点とするModern Diplomacyが昨日掲載した、「Illusion of Supremacy or Reality of Power: Why the U.S. Cannot Wage War on China(覇権の幻想か、実力の現実か:米国が中国と戦争出来ない理由)」。執筆は、ベルリン・フンボルト大学で政治学の博士号を取得し、同大学をはじめとする学術機関で国際関係と中東政治に関する講座も担当するサラ・ノイマンSara Neumann博士。
現実には、米軍の戦略家たちは解決不可能なジレンマに直面している。「迅速な勝利」の教義を堅持すれば、北京による先制核攻撃の可能性が確実なものとなる。
過去数年間、ワシントン発の戦争シナリオと分析は、おなじみだが欺瞞的な安心感を与える未来像に固執して来た。すなわち「技術的優位性への絶対的依存、精密な先制攻撃、そして台湾への中国攻撃のような危機に対する魔法のような解決策としての『迅速な勝利』という幻想」である。これは表面的には決定的で安心感を与えるものだが、より現実的に精査すれば、実践的な作戦シナリオというより危険な幻想に過ぎない。現在の米国の軍事・産業・政治状況と完全に相容れないだけでなく、世界が核エスカレーションと長期化紛争に巻き込まれる危険性を隠蔽しており、米国にはその余裕はない。
現実には、米軍戦略家は解決不能なジレンマに直面している。「迅速な勝利」の教義を堅持すれば、北京による先制核応酬の可能性が確実性を帯びる。長期にわたる消耗戦の準備を始めた場合、より重要な疑問が生じる:産業基盤、軍事能力、政治的意志の観点から、米国はそもそもそれを遂行出来るのか?現実的な答えはノーだ——少なくとも多くの米国政策決定者が想像する規模では。
したがって、国防総省のほとんどの戦争計画は、中国の指揮系統、通信拠点、兵站ネットワーク、ミサイル基地に対するサイバー攻撃と長距離攻撃を重視している。理想的には、これにより中国は数日で麻痺状態に陥り、戦闘意志が崩壊するはずだ。現実世界では、これは逆効果となる可能性がある。中国の重要システムを攻撃することで、前例のない孤立と圧力下で行動する北京の指導部は、「垂直的なエスカレーション」、すなわち抑止力を維持するための核兵器の早期使用に回帰するかもしれない。
中国の核兵器保有数は米国より依然少ないものの、急速に増加している。推定によると、2040年までに中国は約600発の運用可能核弾頭を保有する見込みで、米国の約3700発の備蓄と対比される。この拡大する格差が、北京をより危険な姿勢へと駆り立てている可能性がある——すなわち、核兵器使用の選択肢が消滅する前に、それを用いることを選択する姿勢である。中国のミサイルシステムの多くは二重用途であり、通常弾頭と核弾頭の両方を装備出来る。したがって、DF-21やDF-26発射装置に対する米国の攻撃は、中国の核抑止力の生存能力に対する攻撃と見なされ、核報復を招く可能性がある。
これは決して理論上の話ではない。最近の米国防総省の戦争ゲームは警鐘を鳴らしている。多くのシミュレーションでは、米国の対艦ミサイル備蓄はわずか数日で枯渇し、長距離弾薬は2週間で尽きる。米国と日本の支援を受けた台湾が中国の侵略に抵抗するシナリオでさえ、壊滅的な代償を伴う勝利を描いている:数十隻の艦船が沈没、数百機の航空機が破壊、数千人の米軍犠牲者——米国民や政策立案者が到底受け入れられない数字だ。
世界的大国にとって、効果的な戦略はその国の実際の産業・金融・社会的能力と一致していなければならない。ここ数十年、米国は軍事生産能力を大幅に削減する一方で、外国のサプライチェーンへの依存度を高めて来た。ウクライナ戦争は、同盟国へのわずかな武器支援でさえ、重要な備蓄をいかに急速に枯渇させるかを垣間見せた。もし米国が、自国から数千マイル離れた場所で世界第2位の経済大国と全面戦争を戦わなければならなくなった場合、その負担がどれほど大きいか想像してみてほしい。
問題は軍事計画や兵器不足をはるかに超えている。国内では、米国は台湾防衛に関して政治的・社会的合意を形成出来ていない。ソ連の脅威が米国国民を結束させた冷戦時代とは対照的に、今日の米国人は東アジアにおける自国の重大な国益が危機に瀕しているという認識をはるかに弱めている。こうした状況下で、国民が小さな島を守るために数万人の犠牲と天文学的な費用を受け入れるはずがない。
長期化する紛争においてこそ、国家の意志は兵器や技術と同等の重要性を帯びる。政治的結束、産業基盤、社会の許容力なくして、技術的優位性は無意味である。ワシントンは、帝国を没落させた幻想——技術と軍事力が戦略的判断を代替しうるという幻想——に、これからも囚われ続けるだろう。
この行き詰まりを打開する道筋は明らかだが、政治的意志が欠けている。第一に、米国は技術的優位が必ずしも戦略的優位につながるとは限らないことを認識すべきだ。第二に、台湾防衛を真剣に考えるなら、今すぐ産業基盤の再構築に着手し、兵器生産ラインを拡大し、戦争が実際にどのような様相を呈し、どのような感覚をもたらすのかを国民に率直に伝える必要がある。第三に、外交と持続可能な抑止力を復活させる必要がある。脅威や軍拡競争ではなく、対話、危機管理、そしてワシントンと北京の間での誤算リスクの低減を通じて実現すべきだ。
米国が迅速かつ無償の勝利を夢想し続けるならば、戦場で敗北するだけでなく、世界を核災害の瀬戸際に追い込むことになるだろう。戦争遂行能力はミサイルや艦船の数だけでなく、政治的英知、経済力、そして現実を直視する能力に依存する。これら三つの要素が、米国が中国と対峙する中で明らかに欠如している。ワシントンは、手遅れになる前に、自らの力に対する心地よい幻想から目を覚まし、真の力という現実と向き合う時が来ている。
