1929年10月24日、米国で株価が大暴落(暗黒の木曜日)して世界的な大不況となり、日本でも物価が大きく下落し、デフレに陥った。この状況で、関東軍は1931年9月、満州事変を引き起こした。この年の12月に大蔵大臣に就任した高橋是清は、景気を支えるための財政政策と満州事変の戦費をまかなうために、通貨を大量発行せざるを得ず、通貨の裏付けとしていた金との交換を停止した。さらに、翌年の1932年3月には、国債の日本銀行による直接引き受けを発表した。しかし、この時の日本銀行は、引き受けた国債を現在の日本銀行のように保有せず、すぐに市中金融機関に売却している。そのため、日本銀行の保有する国債は当時のGDPの20%前後でしかなかった。それに対して、現在の日本銀行は、12月20日現在で465兆円と、GDPの83%も保有している。しかし、当時でも、最初は日本銀行は保有する国債の98~99%を市中金融機関に売却出来ていたが、1935年末には77%しか売却出来なくなった。高橋是清は国債発行を抑えることを打ち出し、軍部の反感を買った。1936年2月26日、高橋は暗殺される。いわゆる二・二六事件である。高橋の暗殺後、国債は大量に発行され、1932年度の7.7億円から1945年度には334億円へと13年間で40倍以上にもなった。敗戦後も復興資金を同様に国債発行に頼ったため、物資不足と通貨の大量発行で、ハイパーインフレとなった。1939年9月のドイツ軍によるポーランド侵攻で始まった第二次世界大戦の開戦当初は、ドル・円の為替は、1ドル=4.25円であった。それが敗戦直後に、1ドル=15円となり、1947年3月1ドル=50円、1948年7月には270円、そして1949年4月には、連合国軍総司令部GHQにより、1ドル=360円とされた。円はわずか10年間で85分の1まで価値が低下したのだ。1871年に明治政府が金本位制下で「新貨条例」を出した時には、1ドル=1円であった。如何なる理由があろうと、中央銀行が国債を買い取ることで、政府の財政規律が緩み、債務増大を元に財政拡大が続けば、必ずその通貨は価値を低下させる。ある時、突然劇的なインフレに見舞われる可能性もある。1930年代には、現在と同じように貿易戦争もあった。貿易戦争が激しくなると、物資の輸入が滞ることもあり得るのだ。
満月蝋梅