「神は死んだ Gott ist tot」と言ったのは19世紀末の哲学者フリードリヒ・ニーチェFriedrich W. Nietzscheである。科学が進歩し、市民革命を通じて個人が自立し、個人主義が広まり、価値観が多様化すると、「生の苦しみ」への導き手であった神への信仰が失われて行った。「生の苦しみ」を自ら引き受け、それを乗り越えられる強い人間、「超人」を彼は見出した。現代はニーチェの時代よりさらに個人主義や価値観の多様性が浸透している。無論、科学も驚異的に進歩した。宗教はもはや省みられなくなった。日本では江戸300年で仏教が強制され、明治には神道が強制され、敗戦とともに個人の自由が謳歌されると宗教は単なる儀式と化した。江戸300年は一方で朱子学と言う儒教倫理をも強制し、明治維新もそれを基本的に引き継ぎ、やはり敗戦で、倫理的な支柱としての役割を失った。現代の日本では「神」も「仏」も死んでいる。人間を超越した存在を亡くして、倫理的支柱も失った現代の日本は個々の共通の精神的基盤を持たなくなり、他者への思いやりや人の命の尊ささえも忘れつつあるように思う。ニーチェは人が生の苦しみから逃れるためには、宗教か、道徳、芸術しかないと言った。しかし、もはや宗教も道徳も芸術さえもが失われている。そこには信じることの出来るものを失った人々がいる。ニーチェの説いた超人には容易にはなれない。生の苦しみを直視せず、忘れようとする。そんな世界では文学ももはや成立しなくなる。人間はすべての歴史を乗り越えて来た。とすれば、21世紀もおそらく乗り越えられるのかも知れないが。
遠野の六角牛山(ろっこうしさん)