低気圧の関係で朝から雨が降り続いた。半袖だと肌寒くさえ感じた。19時頃に京阪電車に乗り換えるために京都駅で降りた娘は、指定席の払い戻しを受けるために長い行列に並んで、電話をかけて来た。ともかく無事に着いて安心した。釜石がとても好きな娘には滞在期間が短くて残念だったようだが。 今、日本はとても重要な岐路に立っている。政治や経済を始め、社会がどこへ向かうのか。社会の基盤はやはり経済にある。しかし、これからの日本は人口が減少し、高齢化がますます進んで、世界における経済的な地位は確実に低下して行く。それを少しでも持ち上げるには教育や研究に投資しなければならないが、それが顧みられていない。敗戦後、荒廃した日本を立て直すために、当時の政治家たちは先ず新しい憲法を作った。占領下にあったために、新憲法はよく米国に押しつ付けられたものと言われる。特に憲法を変えたい人たちからそう言われることが多い。しかし、事実は当時の幣原喜重郎首相がマッカーサーに発案していたのであり、とても日本側からは出せないために、GHQの命令のような形をとってもらってまでマッカーサーに頼んだものだ。そのことは自民党が設置した憲法調査会の本人の証言の記録も残されており、マッカーサーの回想録やGHQの民政局長であったホイットニーの後の証言もある。むろん改憲を進めたい人たちはこれらの証言すら信じようとはしないが。立憲民主制を樹立し、発案者の幣原首相は一切の武力を放棄しようとした。証言によると原爆が登場した以上、軍拡競争をすれば世界がいずれは滅びる。日本が先ずすべての軍備を放棄することで軍拡を止め、世界平和に繋げたいとした。それを聞いたマッカーサーも驚いたが、それを受け入れてくれた。その後を継いだ吉田茂は次に経済の復興を第一に考えた。こうした先人たちのおかげで今まで日本は平和を維持し、経済大国になった。しかし、今の政権はこうした先人たちの基礎を崩して、日本を変えようとしている。すでに憲法を無視した特定秘密保護法が成立し、憲法解釈を変えて違憲法案である安保関連法案を成立させようとしている。いずれも憲法違犯は明らかだが、残念ながら、憲法を守るべき最高裁判所が日本ではその役割を果たしておらず、時の政権に逆らうことは避けて来た。米国の研究者デヴィッド・S・ローの2013年の『日本の最高裁を解剖する』によれば、同じ敗戦国であるドイツでは憲法違反の法律であると裁定された法律は600件もあり、米国では900件もある。しかし、日本はわずか8件であり、しかも重大なものではなかった。日本は司法官僚制により政権とは対立しないように組織化されていると言う。 最高裁判所調査官も務めた明治大学法科大学院瀬木比呂志教授も2014年の著書『絶望の裁判所』でそのことを告発している。先人が築いた立憲民主制を最高裁判所が自ら否定する国に立憲民主制が根付くはずはない。独裁的な政権は生まれるべくして生まれて来ている。斜陽産業となった自動車や家電産業を保護するために円安と株高にするべく巨費を投じ、教育や研究はむしろ費用を削減する。自らやはり将来の経済基盤を崩している。こうした現在の日本の状況を変えられるのはもはや政権に追従するメディアではなく、国民一人一人でしかない。わずかに政権に抵抗するメディアすら政権党からの攻撃にさらされている。


庭で咲く日光黄菅