朝少しだけ小雨が降ったが、東の空には青空が見えていた。西の高い山には雪が降っているようだった。しかし、その西の空には大きな虹が出ていた。雲が流れていたが、昼には日も射し、また、菅原神社と八幡神社へも行ってみた。甲子川のそばを通ったが、キンクロハジロが何羽かやって来ていた。これからたくさん渡りの水鳥たちがやって来るだろう。今年も白鳥が来てくれるといいのだが。八幡神社の紅葉も少しだけ進んで来ていた。菅原神社のモミジはほとんどが赤味を帯びたオレンジ色に変わっていた。午後の4時頃には夕焼け雲が流れ、カラスたちが今日も海岸近くの寝ぐらに向けて飛んで行っていた。 昨日、最高裁は2012年に行なわれた衆議院選挙の「1票の格差」について、予想通りの後退した「違憲状態」の判決を下した。日本は三権分立を唱いながら実質的には司法は独立していない。国会や行政の下に位置している。今回の判決文の中にも「国会での合意の形成にはさまざまな困難が伴い、段階的な見直しを重ねて実現していくことも許容される」と現状を追認する文言が含まれている。同選挙については、本年3月、全国の高裁・支部16カ所ですでに判決が出ており、そのうち12カ所までもが「違憲」という厳しい判決を下していた。2カ所ではさらに最も厳しい選挙「無効」との判決まで出していた。今回の最高裁と同じ判決である最も軽い「違憲状態」はわずか2カ所である。これを見ただけでも、最高裁の今回の判決がいかに政治に譲歩したものであるかが分かる。最高裁は2011年3月に下した2009年の選挙についての判決ですでに「違憲状態」と下していた。そこでは、実質的に1票の格差を生み出す一因である「1人別枠方式」を廃止するよう求めた。「1人別枠方式」はあらかじめ各都道府県に1議席ずつ配分し、残りの議席を最大剰余式という式を使って比例配分するもので、結果的に、人口が少ない県に多くの議席が与えられる。2011年3月の最高裁判決後、法律上は「1人別枠方式」を廃止ししたが、実際は、それが残った形になり、本年3月7日の札幌高裁判決でもその事実を指摘し、批判している。今回の最高裁判決ではこの点でも甘くなっている。これまで何年もの間、「1票の格差」は放置され続けて来た。小手先の改革だけでお茶を濁し、最高裁もそれを結果的には追認する判決しか下して来なかった。毎日新聞によれば、広島高裁で「選挙無効」の判決を導き出した金尾哲也弁護士は今回の最高裁の判決について「司法権の独立が本当に守られているのか。国民の参政権の救済は果たされているのか。絶望的な気分だ」とまで述べている。下級審の多くが「違憲」判断をしている中で、最上級審である最高裁が何故一歩後退した「違憲状態」という判決を出すのか。最高裁は裁判官の任命権が内閣にある。内閣が任命し、天皇が認証する。政府に不都合な判決は最高裁の裁判官には出せないのだ。そもそも法律自体が「解釈」の問題である。解釈が異なればいくらでも異なる判決を下せるところがある。憲法が武力による解決を否定していても、「解釈」で実質的な軍隊を持っている。これは科学ではない。政治である。あるジャーナリストは「社会科学」を科学とは認めない。経済学も法学も現実にはある種の意図により、いくらでも「科学」の体裁を持ち得る。ある意味で統計と似ている。一見、数字と数式ではじき出されたデータは科学的に見えるが、抽出する元の数字の範囲で、異なった結果はいくらでも導き出せてしまうところがある。戦後の日本はこの「解釈」により、国民は煙に巻かれて来た。そしてこの「解釈」は官僚によって行なわれて来たのだ。「頭のいい」官僚は「曖昧さ」を利用して、政治家をコントロールし、実質的な国家運営を行なって来た。「特定秘密保護法案」は一層、官僚たちに都合のいい環境を与えることになるだろう。この法案が成立すれば、官僚たちの独走は一層強まることになるだろう。そして、こうしたブログでの批評までもが処罰の対象となる。14日の衆議院国家安全保障特別委員会で官僚である防衛省からの鈴木良之内閣官房審議官は「秘密保護法案の解釈上、新聞・出版等の関係者以外の者が、何万人も来場者があるブログにて時事評論をすることは処罰対象となる」と答えている。これほど怖い答弁内容もメディアはほとんど報じていない。「官僚の解釈」次第で何とでもなる最たる例だ。
職場の裏山の桜と少しだけ色付き始めた銀杏

菅原神社

菅原神社境内

色付き始めて来た八幡神社前

遠くに釜石観音の白い像が見える