8月17日~21日はブログを休みます


暑い夏の日が今日も続いている。近所の公園では今年も盆踊りが行なわれている。昨夜は気温の下がりが悪かったので、浴衣姿で踊っていても暑かったのではないかと思う。今日は送り盆で夕方には精霊流しも行なわれた。地方にはこうした風情が今も残されている。震災で犠牲者を出した家族にとって、このお盆は特に思いの強いお盆であるだろう。近所では夜になると、子供たちが騒ぎながら花火を打ち上げている。暗闇で一瞬明るく輝く花火が亡くなった人の魂のようにも見える。夜になれば草むらで虫が鳴くようになっても、日中はこの暑さの中でもウグイスが鳴く。東北の自然には本当に驚かされる。 昨日、政府による恒例の全国戦没者追悼式で安倍晋三首相がアジアへの加害責任と不戦の誓いに触れなかったことがメディアで騒がれている。加害責任に付いては1993年以来歴代の首相が言及して来ていた。翌年からは不戦の近いも述べられるようになっていた。前回初めて首相になった2007年には安倍氏自身も述べていた。昨年末以来多くの支持を得て来た首相は念願の憲法改正と、国防軍の設置に力強く進み始めている。いつまでも過去に引きずられるのではなく、新しい日本を築かなければならない、と言う気持ちが強いのだろう。親や祖父の世代の出来事に足を取られるのではなく、子の世代として成し遂げたいことに力を注ぎたい、と言う気持ちなのだろう。歴史や憲法の意味など十分理解していなくとも、とりあえずは勤まる今の首相の立場だからこそ、憲法改正と国防軍の設置に進んで行けているのだろう。わずかな期間に、一国の首相が何人も交替するような、極めて軽い立場に成り下がってしまった。丸山真男は政治家は結果責任であると言ったが、今や、責任をとる政治家などいなくなってしまった。まさに日本の不幸がここにある。戦争を知らない世代が政治を担い、戦争を可能にする政策を進めて行く。戦争でなくとも起きている悲惨な死や貧しさを実感出来ず、まして、戦争の中で人が人でなくなって行く行為など想像すらしようとしない2代目、3代目の政治家ばかりになった。先の戦争では日本では300万人が、アジアでは2000万人が犠牲になっている。アジアを欧米の植民地から解放する、大東亜共栄圏を掲げた結果だ。国民は平和の中で安定した生活を望んでいる。それを実現するのが政治家の務めだ。先ずは外交的に周辺諸国との良好な関係を結び、その維持に努めなければならない。現状は領土問題であえて他国を刺激し、「侵略の定義は定まっていない」などと追ひ撃ちをかける。平和を維持するための外交努力を初めから放棄しているとしか思えない。個人として様々な意見を持つことは許される。しかし、国会議員や、まして、首相と言う立場に立てば、不用意な発言は控えなければならない。その人格の未熟さがあまりにも酷すぎるのが現在の政治家だ。人格の未熟さは政治家に限ったことではないが、国の行く末を直接担う立場故に、尚、危惧される。東アジアには人格を研鑽することを第一とする長い歴史があったが、米国流のプラグマティックな思考が入ることで、人格の研鑽が顧みられなくなった。人格は公的な強制でつくられるものではなく、自ら研鑽しようとすることが基本だ。子供たちはその姿勢の有無を大人たちの中に見て取っている。
白鷺蚊帳吊り