今日も昼には31度まで上がった。高知県の四万十市は3日連続40度を超え、今日は国内観測史上最高の41度に達した。東京も昨日は1875年から始まった観測では最も高い最低気温31.4度になったようだ。今日の午後1時には、全国の観測地点927のうち185地点で35度以上の猛暑日で、30度以上の真夏日は700地点近くになっている。気象庁はこの猛暑が来週まで続くとしている。昼休みに、外へ出てみると、至る所で積乱雲が発生していた。風が少しあっても、熱気が漂っていた。釜石の場合は昼夜で7度以上の気温差があるのでありがたい。 これまで九州と沖縄以外の地域には住むか、行ったことがある。どこに行ってもその地域の個性がある。中でも、この釜石はとても魅力を感じる。無論、歳のせいもある。若い頃はやはり少しでも人の多い都会で出来るだけ様々の刺激を受けたいと思っていた。しかし、歳とともに人が無意味にたくさんいるところは疲れるようになった。さらには情報に溢れ過ぎていて、自分に重要だと思われる情報の整理がしづらくなる面も出て来た。釜石のように「何もない」ところは、一見、つまらない感じがするが、かえって、自分や世の中が見えてくる。情報も自分でゆっくり選択が出来る。インターネットはとてもありがたい。米国国防省にはその意味ではとても感謝したい。釜石に住んでみると、釜石の人たちは人間的にとても善良な人たちが多い。北海道も同じように善良な人たちが多かったが、北海道はさすがに開拓の伝統があるだけに、一方で、「お山の大将」が多いのも事実だ。釜石にも大将はいるが、釜石の大将は匠である場合が多い。大将になるだけの根拠を持っている。大将ではない匠もたくさんいる。釜石は大きく分けて、製鉄所に繋がる外部からの流入者と、元々釜石に住着いていた人の二つに分けられる。市街地はそうした人たちが混在している。しかし、周辺の漁業や農業に従事して来た人たちは土着の人たちだ。日本の地方はほぼ同じような傾向がある。土着の人たちは先祖から引き継いで来た伝統を守ろうとする。コミュニティの安定した繋がりを重視する。しかし、両者が混在した市街地になるとコミュニティの繋がりはごく形式的なもので終わっている。その意味では、外部から来た自分のような立場ではとても楽だ。先日、関連施設に毎年、何ヶ月かずつ米国から来られている方の話を聞いた。ご本人は日本人だが、奥様は米国人だ。米国では単身で住んでいては分からない、家族を持って居住して初めて分かるコミュニティの在り方というものがあり、日本などとは比べ物にならい大変さがあることを知った。米国は多人種が混在する社会だ。それ故に、コミュニティとして共有する形式をむしろ最優先しなければならないようだ。隣近所を招待しあわなければならず、子供の誕生会も親を含めて互いにやって行かなければならないため、しょっちゅう、人が家に出入りし、のべつ料理も準備しておかなければならない。隣人などは我が家のように気楽に入って来て、言いたいことをしゃべって帰って行くそうだ。庭の雑草が伸びていると、隣人から警告され、見えるところには干し物を出してはいけない。30分も見慣れない車が止まっていると、すぐに警察に通報されてしまう。日本以上にコミュニティの一体感が強い。隣人の経歴まで詳しく知っているそうだ。かっての日本のコミュニティのような存在が現在の米国のコミュニティにある。この話を聞かされて、「自由の国」米国の社会のイメージが大きく変わると同時に、納得もした。自由で誰をも受け入れるが、一旦、そのコミュニティの一員になれば、コミュニティの安全を維持するため、コミュニケーションの場を定期的に確保しようとするのだろう。多人種が混在する不安定な社会だからこそ見られる安定したコミュニティ形成への志向なのだろう。実際に住むと、今の日本人にはとても大変なようだ。


乱舞する白鷺