昼前から雲が流れ風も出て来たが、朝はよく晴れて、久しぶりに釜石ブルーが空全体に広がった。朝の気温は-3度だったが、風がなく、さほど寒くは感じなかった。出勤時にいつもの甲子川沿いの道を走っていると、今日もまた白鳥たちが4~5羽いるのが目に入った。職場の裏山では、一番大きい薮椿の木にまたゴイサギが止まっていた。職場の匠の方から教えていただき、確認した。いつもその付近に止まっているが、恐らく日当りがいいので、止まるのではないか、と考えている。ゴイサギを見ていると、近くでカケスが甲高く鳴いたが、姿は見えなかった。 仮設住宅に住む若い職員と話した。やはりこの冬の寒さがきついようだ。昨年の夏は夏で、暑さもさることながら、湿気がひどくカビに悩まされたと言う。仮設住宅の期限が1年さらに延期されたとは言え、その後どこに住むか決めかねているようだ。復興住宅は家賃が高い。昼休みに職場から近い被災地を見て回ると、未だに鉄骨をむき出しにした家屋が残されており、業者が取り壊しにかかっている建物も見られた。建物が取り壊されてしまった地域は、コンクリートの土台だけが残っている。復興庁によれば、東日本大震災の復興予算が岩手、宮城、福島の三県など被災地では予算の執行率が45.6%で、半分に満たない。その一方で、被災地以外の公共事業費などを盛り込んだ「全国防災対策費」は96%が執行されている。直接被災者を支援する事業費は、被災集落の移転が遅れ、住宅再建の補助金が被災者の手に渡らず、33.3%しか執行されていない。これらの数字を見るだけで復興がいかに遅れているか分かる。全国防災対策費には沖縄県内の国道整備や関西地区の税務署耐震化など、相変わらず復興とは無関係な事業が組み込まれている。今日と明日の二日間、内陸の盛岡市の南の矢巾町ではWHO(世界保健機関)と岩手医大、東北大の共催で「災害後の保健セクター復興国際会議」が行われる。そこに参加する各国政府関係者が昨日宮古市と山田町の被災地の現状や保健・医療分野の被災後の対応状況を見て回った。対応する自治体や保健所は他所から支援のためにやって来た医療チームや心のケアチームが活躍したことを述べたようだ。形式的にはそうした支援が組まれたことは確かだが、被災地の現場ではいずれも決して高い評価を得ていたわけではない。被災者たちの医療にしても心のケアにしてもただ支援に来ればいいと言うものではない。いずれにも重要なのは被災者たちとの人としての結びつきが平常以上になければならないことだ。無論、中にはそうした結びつきを築いた数少ない人はいたが、ほとんどはむしろ平常よりさらに形式的な支援であった。それを簡単に見抜ける被災者たちはかえってそうした支援を拒否した。公的な支援だけに現場の自治体では、そうした実態を知りつつも支援活動に協力するしかなく、自治体には余分な負担がかかるばかりであった。国や県など被災現場から遠い機関ほど予算権限を持ちながらやることは現地の実情とは無縁の事業を展開し、形だけは支援をやっていると自己満足している。震災後2年にもなって来るとメディアもそうした実態を取り上げることはない。ニュースとしての価値が薄れて行く、と考えているのだろう。原発事故のあった福島県では被災者はさらに悲惨だろう。国や自治体は住民から税を納めさせるが、その税の多くがまだまだ無駄に使われている。その事実を思うと一層被災者の置かれている状況に哀しみを覚えざるを得ない。
正面の二つの建物は間もなく取り壊される 中央奥の山際の大きめの白い建物が職場

中央奥のやはり山際に小さく見える建物が市役所 そこまで津波は襲って来た

取り壊し中の建物 山腹の上のフェンスのあるところが津波避難場所

今も湾内にはクレーンが付いた浚渫(しゅんせつ)船が何隻も浮かび、海底の瓦礫を取り除いている

仮設の魚市場が以前よりずっと湾の沖合の岸に造られている 手前には巨大なタコが入っていた