今朝は久しぶりに風も穏やかないい天気になった。庭の山野草のための小さな花壇ではショウジョウバカマが終わると山荷葉が咲き、その山荷葉の白い可愛い花が風で早々と散ってしまった後に、今薄紫の白根葵が何輪もの花をつけている。そよ風に揺れるその花たちを見ていると岩手の自然に触れている実感が湧いて来る。気温も上がって来て岩手はちょうどいい気候となった。普段は朝6時頃には目が覚めてしまうがこうして気温が上がって来ると唐の詩人が詠った「春眠暁を覚えず」の詩の通り、休日だと気持ちのいい眠りについ寝過ごしてしまう。昨日は親子三人それぞれにカメラを持ち、それぞれが撮りたいと思う被写体を捉えていたが面白いもので三者三様の写真を撮っている。カメラやレンズが良ければどんな人にもそれなりの写真が撮れることは事実だが、その一方で逆にカメラやレンズがさほど大したものではなくとも人を感動させる写真を撮ることができるのも事実だ。どういう視点で撮るかが最終的には重要なのだろうと思う。娘が大阪に一時帰った時に釜石で撮った被災地の写真を多くの人に見せた。TVや新聞とはまた違った写真に興味を持たれたようだ。ただその時娘に被災地で悲しむ人々の姿が入るともっと訴えるものがあるんじゃないかと助言してくれた人がいたようだ。しかし娘はとてもそうした写真は撮れない、と言っていた。報道のプロと称するカメラマンならばともかく、素人が被災地を撮っている時に、そうした姿を見かければむしろ写真を撮ることを控えるだろう。悲しむ人々の気持ちが十分すぎるほどに感じられるからだ。長引く遺体の捜索や瓦礫の撤去に従事した自衛隊員の中には精神的に落ち込む人が増えて来た。宮城県ではわざと事件を起こしてこうした作業から逃れようとした隊員まで出ている。二ヶ月に渉ってテント生活を続けること自体がすでに心身の疲労をもたらす上に、腐敗の進んだ遺体の発見はかなり精神的にも過酷な作業だ。被災地で懸命にこうした作業に従事する警察官や自衛隊員にはほんとうに頭が上がらない。昨日見た陸前高田は海岸から内陸側まで平地が広がり、遮るものの無いところへ津波がまともに襲った形になっていた。有名な高田の松原には高い防波堤が続いていて、これまで訪れるたびに景観に妨げになるな、などと勝手なことを考えていたが、その防波堤すらあっさりと今回の津波は乗り越えてしまった。津波が襲った広い平地部は陸前高田の中心となる市街地であり、恐らく太平洋沿岸部では最も市の中枢部分が打撃を受けた市になるのだろう。先日ブログにコメントを記していただいたサンさんから教えていただいた山田町の船越の例のように今回被災した地域へは二度と人が住む場所は造らないようにしなければならないと思う。ただそうなると陸前高田や山田のように平地部が広く多くの人がそこに住んでいたような地域では新たに高台を開いてそこに家を建てなければならなくなる。自治体だけではそうした「復興」は財政的にもほとんど不可能だろう。全国からの様々な支援がどうしても不可欠だと思う。


白根葵 群馬と栃木の県境にある白根山に多く咲く日本の固有種