昨夜降った雪で今朝は辺りが真っ白に戻っていた。通勤の路面はまたひどく滑りやすい状態になっていた。海に暖流が流れ込んでいるせいで海岸に近い商店街のある辺りの方が路面の雪は少なくなり融けているところも多い。この冬はほんとうに例年とはまるで違うようだ。雪の中で犬たちだけは元気一杯だ。とても老犬には思えない。以前住んでいた愛知県には式内社で参河國一宮である砥鹿神社(とがじんじゃ)がある。奥宮が本宮山という山の上にあり、里宮が豊川市の平地にある。その当時たまたま仕事の関係で繋がりのあった方がこの神社の宮司さんと懇意でこの神社の話は聞いていた。何度かこの里宮のそばを通ったこともあったが立ち寄らないまま過ぎてしまった。釜石へ来てから東北に残る「アラハバキ」を知り、奥州市の「藤原の里」に復元されたアラハバキ神のストーンサークル様の祀られ方も見てみた。アラハバキを調べている中で以前いた三河にもアラハバキが祀られており、参河國一宮である砥鹿神社にも「荒羽々気神社」があることを知った。里宮、奥宮ともに小さな祠が祀られているようだ。菅江真澄は1796年(寛政八年)青森でアラハバキ神が祀られているのを見て彼の郷里である三河にいる時に砥鹿神社で見たものと同じ神なのだろうか、と考えたようだ。「北斗抄 四」の文政二年和田長三郎の記述になる文に古代シュメールに「アラ神」と「ハバキ女神」いたことが述べられている。全国に見られる「荒神」は「荒ぶる神」と解釈されているが男神としての「アラ神」なのではないだろうか。アラハバキの解釈でよく見られるのが民俗学者吉野裕子氏の蛇の古語説である。残念ながら吉野裕子氏以外は学者でアラハバキに触れておられる方はおられないようだ。吉野裕子氏は伊勢神宮に祀られる「波波木神」は「蛇木(ははき)」あるいは「竜木(ははき)」であり、後に「顕れる」の意が付加されて「顕波波木神」になったとされる。しかし多くは伊勢神宮のアラハバキは内宮別宮である荒祭宮(あらまつりのみや)の方だとされている。「波波木神」は伊勢神宮の内宮域内に祀られている矢乃波波木神で、一般には箒神とされ、家庭の神とされている。学究の分野の方でアラハバキに言及された唯一の方だが、残念ながらどうも納得しかねる。直立する樹木を蛇と見て崇めたことと結びつけておられるようだが「顕れる」の付加といい論拠とするには苦しい感じがする。
今朝は南天の枝にも雪が積もっていた