今年の岩手の紅葉は気温の関係か例年に比べて赤が少ない。北海道東部で赤が見られないが、そこまでではないにしても赤が少ないのは紅葉としては少し寂しい。釜石に隣接する遠野は柳田國男の『遠野物語』で有名だが、この『遠野物語』が誕生するためには地元出身の佐々木喜善だけでなく、佐々木喜善の地元の先輩でもあった人類学者・民俗学者伊能嘉矩(いのうかのり)の存在が重要であった。柳田國男の『遠野物語』には漠然とした形で「鬼」が出てくるが、実際に、その当時遠野には「悪路王」の伝承が随所に見られたと言う。しかし、農商務省の高級官僚であった柳田は朝廷に楯突いた「悪路王」には触れなかった。伊能嘉矩がすでに『遠野史叢 第二編』として「悪路王を髣髴せしむる現代蝦夷」と題して、「悪路王とは何ものぞ」と言う記事を書いていたためなのか。平泉にある達谷窟(たっこくのいわや)は坂上田村麻呂建立と伝えられる毘沙門堂があり、西光寺により管理されている。清水寺と同じ坂上田村麻呂に所縁の達谷窟毘沙門堂は「清水の舞台」が備わっている。「悪路王とは何ものぞ」の『諏訪大明神絵詞』からの引用では、「桓武天皇の御世、夷である安倍高丸が暴悪した時、将軍坂上田村丸が延暦二十年二月勅を奉って追討した。将軍は既に奥州の堺に入って敵陣に向う。密かに彼の高丸城(宅谷岩屋)を伺い見れば、・・・」として、安倍高丸が宅谷岩屋にいたことを記している。西光寺の由緒では悪路王とアテルイ(阿弖流為)が同一人物で達谷窟を拠点としており、後に、坂上田村麻呂に母禮(もれ)とともに捕らえられ、京へ連れて行かれ、河内で首を切られたことになっている。悪路王、阿弖流為、安倍高丸はいずれも同じ人物なのだろうか。蝦夷と朝廷の二つの立場の伝承がそれぞれ残されているため興味はそそられるのだが、どうも判然としない。

秋色のグラデーション

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