心に深い傷を負ったものはそのあるがままを周囲が受け入れねばならないと言う。深く傷付いたが故に他者に依存する者をもそのままの状態で認めなければならい。これが夫婦である場合は夫か妻のどちらかが第三者に依存することになり、心理的には極めて苦しい状態に互いに追い込まれてしまう。他者に依存した夫か妻は自ら依存していることに気付かない限り、そのままの状態が延々と続いて行く。その気付きは理性ではなく感性の世界で起きることで、その意味では未来に見通しはなく、夫婦の形態自体が意味をなさなくなる可能性すらある。これはもう何が正しく、何が間違っているということではない。結局はそれぞれが何を選ぶかだ。東北に降る雨を眺めながらこんなことを考えた。今人生の最大の深淵に立ちすくんでいる。このまま前進できるかも知れないと思いつつ、時にはひどく落ち込んでしまう。霧さぶる雨は心によくないのかも知れない。

開き始めた紫陽花の葉に張ったクモの巣に雨の雫が・・・

開き始めた紫陽花の葉に張ったクモの巣に雨の雫が・・・