今朝も昨日に続き晴れた朝だった。庭の黄菅や深紅のバラが開いてきた。周囲の山の緑も濃くなって来ている。昨夜は小高い山の稜線の少し上に月が昇り、山の稜線のシルエットを浮かび上がらせていた。その光景を見ていると四国の生家を思い出させた。子どものころこれと同じ光景をよく目にしていた。米国では未成年の子どもを持つ全家庭で両親が二人そろっている家庭は4分の1だそうだ。子どもにとって米国ではすでに家庭、家族は崩壊してしまっていると言う。日本の統計は調べていないがおそらく日本でも同じ傾向が出ていると思われる。たとえ両親がそろっていても、日米ともに共働き家庭が圧倒的に多く、そのため、子どもにとっては親との接触時間がなく、子どもにはやはり、健全な家庭ではなくなっていると言う。これは子どもの不登校や引きこもり、未成年者の非行や犯罪、自殺の急増と密接に繋がっていると言われる。まして言葉や肉体的な暴力が日常的になっている家庭では子どもの心は深く傷付き、成人してからもトラウマとして残り、いつまでも苦しみを負い続ける。そうして問題なのはこうして大人になって自分の子どもを持つと、その子どももやはり親のそうした影響を受けないではいられないことだ。世代間連鎖の罠があるのだ。これをどこかで断ち切らなければならない。こうした子どもたちにとっての最大の問題は自らの価値を自分で認める事ができないため、社会へ出た時に他人との関係に依存するようになり、自己と他人との境界を定める事ができず、境界を越えて他人の中まで踏み込み、他人のために役立つことで自分の価値を見出そうとする。しかし、これは本来の相手のためではなく、結局は自分自身のためであり、他人との境界がないため、いずれ、双方が苦しみ、傷付く形で破綻する。これを「からめとる愛」とか「愛情という名の支配」と専門家は表現する。

黄菅(きすげ) 早朝の光の中で