3月も末が近付いて来たが東北ではまだ10度以下の気温が続き、今週はまだ雪のマークの予想まで出ている。北国の春はやはり遅い。幕末に腐敗した幕府や藩へ反旗を掲げて青年が立ち上がり明治の新政府が成ったが、新政府はやがて内部の対立を生み、理想が萎んで行った。第二次大戦後も民主主義を掲げた米国占領軍の下で大改革が行われようとしたが、これも共産主義の広がりに慌てた米国の方針転換により、改革は頓挫し、一部はかえって復古が認められてしまった。立法、行政、司法の三権分立は有名無実となり、三権それぞれがやがて腐敗して行った。特に法の番人たる司法の腐敗は当然行政である警察組織の腐敗を許してしまう。これまでにも記した冤罪がいつまでも続くことがそれを示している。警察組織の腐敗を内部告発した元警察官たちがいくら腐敗を告発しても大きな組織は微塵も動くことはない。現在香川県で弁護士をしておられる生田暉雄氏は元大阪高等裁判所の裁判官で退職後に裁判所の腐敗を告発した書籍を出された。退職後は弁護士となって警察の腐敗の犠牲となっている弱者の弁護活動を行っているが、そこでも警察と裁判所とさらには弁護士会もが一体となって生田暉雄氏の動きを押さえにかかる。戦前の悪名高い「特高」は決して過去のものではない。現在の国家という組織にとって「不都合な真実」は隠蔽されなければならないものであり、それに抵触する動きはすべて葬り去られようとする。かってはこうした国家の腐敗を監視する役割が報道にあったが、今や報道そのものが腐敗の極みとなってしまった。こうした世の中では弱者を守ることは極めて困難なことになる。5年前に「ポチの告白」という映画が上映された。「良識ある巡査が警察の犯罪機構に巻き込まれながら悪徳に染まり、やがて自滅するまでを描いた」映画とある。撮影段階で日本外国特派員協会が協力し、取材も海外の新聞社の方が熱心であったようで日本の大手マスコミは完全に無視した。民主主義とは一体何なんだろう。一人一人が意見をもって国政に参加出来ることがその政治的な意味合いだとしたら、その一人一人に考える為の、判断する為の情報が開示されることが前提になるはずだ。しかし現在の腐敗はそうした情報が開示されず隠蔽されていることから醸成されている。一人一人に情報をもたらすはずのマスコミが腐敗してしまえばこれからも国家の腐敗は進行し続けるだろう。

開き始めたクロッカス 花の色は他に白、青、紫などがある