昨年の9月に一生さんという方からこのブログにコメントをいただいた。『東日流外三郡誌』の「偽書説は性急に過ぎます」というご意見でその頃発行されたばかりの『夕映えの杜に』という書籍を紹介していただいた。すぐに調べて早速購入した。どういう訳か大船渡市の出版社からの出版になっている。あまり厚い本ではないので短期間で読んでしまった。先日他の本を探している時にこの本が目に入り、もう一度読み直してみた。著者は東北大学名誉教授の吉原賢二氏。吉原賢二氏は1904年にイギリスへ留学し元素ニッポニウムを発見しながら周期表での同定に誤りがあったために認められなかった東北帝国大学第四代総長の小川正孝の研究に関心を持たれて、小川正孝の遺族から研究遺品を預かり受け、ニッポニウムが周期表上でテクネチウムの一段下の原子番号 75番のレニウムであったことを突き止められた方で氏自身も化学史学会学術賞などを受賞されておられる。吉原賢二氏は一方で、次男がインフルエンザ予防接種のワクチン禍のため脳炎を1歳で患い、国がその非を認めず補償を拒否する姿勢を見せたので自ら立ち上がり、20年の歳月をかけて裁判に勝利した。しかし次男の方は30代半ばで他界された。氏は内村鑑三に始まり、矢内原忠雄も継承した無教会キリスト教を信仰されておられる。著書の中で内村鑑三が第一高等中学校の教師の時に天皇の「御真影」に最敬礼しなかったため職を奪われたことを記し、内村の「胸中には烈々たるキリスト教信仰が燃えており、天皇は尊敬はしても神格化するような儀式には全くなじまなかったのである。」と書かれている。氏は当然とも言えるのかも知れないが人と歴史についても強い関心を持たれて人の遺伝子的なルーツの問題や日本の歴史へも言及され、考古学や古代史の書籍も読まれて、先の『東日流外三郡誌』にも非常に冷静な見方をされておられる。「私は『東日流外三郡誌』がいろいろの議論はあるにせよ、真実は含まれていると思う。古田武彦氏は最近この資料原本の電子顕微鏡検査を依頼した。検査は国際日本文化研究センター笠谷和比古教授によって行われ、江戸時代のものであると認められ、かつ秋田孝季自筆のものの可能性が高いとされた。」と述べた上で注書きで「偽作説は文書の所有者の和田喜八郎氏が全部捏造したものであるとする。和田という人物は特異なふるまいのあったことが言われるけれども、文書そのものはそれとは無関係に笠谷氏によりその存在が科学的に立証されたことになる。・・・内容が妥当かどうか判定するのは偽作とは別の問題として扱った方がよいと思われる。」と記され、自らもいくつかの推論に『東日流外三郡誌』の著述内容を引用されている。『東日流外三郡誌』をめぐる偽作論者たちの感情的、非論理性は偽作論者の多くが旧来の古代史研究手法にどっぷりと浸かっていることから来ているように見える。その研究手法は幾度か「専門外」の人たちから指摘されるご都合主義の字句の改訂であったり、強引な固持付けであったりしている。吉原賢二氏のような「専門外」の自然科学者の目が歴史の真実を見出すのかも知れない。

職場のそばで長く咲く山茶花

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