今住んでいる釜石の家には広くはないが庭があり、岩や石灯籠が配されている。よく見ると岩はとても一人では持ち上げられない大きな岩がいくつかある。生まれ育った四国の街も釜石と同じ企業城下町で旧財閥系の企業が当時11社もあった。住んでいた町はその企業の社宅だけで成り立ち、300軒以上あった。1軒1軒がそれなりに敷地があり、育った家は150坪の敷地があり、庭には築山と池があった。その築山にはやはりさほど大きくはないが岩がいくつか配されていた。最近はどこへ行っても新しく造られる建て売り住宅などを見ているとほとんど庭がない。大都会の人が多く住む所ならば分かるが地方の土地が広くある所でも同じだ。一番びっくりしたのは北海道の都市部以外のところでも市街地になると庭がない。最近ではなく以前から建っている家はそれでも庭がある所が多く、規模の大小はあってもそこそこに整った庭が見られることが多い。たいていは日本庭園と言われる様式を模した庭である。そして必ずと言って岩か石がある。東北へやって来るまではこの日本庭園風の庭に配された石や岩に何の疑問も持たなかったが、東北の道ばたでよく見かける石碑や集落の近くの山麓に祀られる巨石を見たり、岩手の山にやたらと見られる大岩を見ているうちに庭園の岩や石はたんなる自然の借景ではないのではないかと考えるようになった。京都の寺院で見かける枯山水なども岩を多く使っているし、龍安寺の石庭も岩がまるで波に囲まれた島のように配されている。自然を庭に再現させる材料として岩や石を使うことはごく自然に納得は出来るのだが。巨石を祀ることはかっては全国で見られたものだったはずで、実際四国にも残っている。ただ東北ほど現在は多く残っていないために目に入りにくくなっているだけのように思う。少なくとも北海道以外の全国に残っていると思う。そしてこれらの縄文へ遡る日本人の巨石信仰の無意識下の記憶が庭園造りに反映されているのではないだろうか。和風庭園にはそれとなく置かれた縦長の岩が佇んでいることが多い。自然を模倣した庭そのものに落ち着きを感じることは事実だが、それとともにそこにある岩の存在も気持ちを落ち着かせることに関与しているのではないだろうか。東北は日本人が失いかけている古い記憶を辿らせてくれる一面を持っているように思う。柳田国男の『遠野物語』にしても人はそれを見出しているのではないだろうか。今住んでいる我が家の庭の岩を毎日見ているとそんな思いが日増しに強くなって来る。

庭の薮椿 今冬は花の数が少ない