去る1月21日読売ON LINE版で足利事件再審で再生された録音内容が公開された。 1990年5月12日午後7時前、栃木県足利市内のパチンコ店から当時4才の女の子が行方不明になり、翌朝近くの渡良瀬川河川敷で遺体となって発見された。1年半後の1991年12月、「被害者の下着に付いていた体液とDNA型が一致した」として元幼稚園バス運転手・菅家利和氏が足利署に身柄を拘束された。足利では1979年と1984年にも同様の幼女殺害事件があり、未解決のままであった。警察は何としても犯人を見つけ出す必要があった。しかし大捜査網を敷いたにもかかわらず目星しい犯人が確定出来ない中でずさんな捜査と証拠で菅家利和氏の逮捕に踏切った。日本には先進国には例を見ない悪名高い代用監獄制度が温存され、自白による冤罪の温床としてこれまでもたびたび批判されて来た。この事件でもやはりその代用監獄の中で自白が強要された。二審、三審でも弁護側がDNA鑑定のずさんさと不一致や自白内容の不合理を訴えたが結局裁判を通じて一度も現地調査などの事実調べを一切行わず2000年7月17日最高裁の5人の裁判官は全員一致で上告を棄却し、無期懲役が確定された。弁護団は2002年12月25日宇都宮地裁へ再審請求するが宇都宮地裁は5年後の2008年2月13日再審請求を棄却し門前払いとなった。弁護団は2月18日に東京高裁に即時抗告する。2008年12月24日東京高裁はDNA再鑑定を決定した。その結果2009年5月8日裁判所によるDNA再鑑定で「菅家さんのDNAと被害者の下着に付着していた犯人のものと思われるDNAの型が一致しなかった」。弁護団は2009年6月1日刑の執行停止をしない検察を不当だとして宇都宮地裁に異議を申し立てる。その上ではじめて2009年6月4日東京高検が「新鑑定結果は再審開始の要件である『無罪を言い渡すべき明らかな証拠』たり得る」とする意見書を提出し菅家利和氏が釈放される。2009年6月23日東京高裁は正式に再審開始を決定する。現在62歳になる菅家利和氏はこうした警察や検察、裁判所のずさんなあり方のために17年半もの間自由を奪われていた。一人の人生にとって取り返しのつかない長い時間だ。そして菅家利和氏よりさらに惨いのは以前にも記したこの事件とほぼ同じ時期に起きた福岡県飯塚市で女児2人が殺された事件で逮捕された久間三千年氏である。足利事件と同じ警察庁科学警察研究所のDNA鑑定であり、誤りの可能性が濃厚なその鑑定に基づいて早々と異例の早さで2008年10月28日死刑が執行されてしまった。2009年10月に久間三千年氏の遺族が福岡地方裁判所に対して再審請求を行っているが警察には再鑑定できるだけの試料がもうないという。足利事件の再鑑定にもかかわった本田克也筑波大学教授が当時の鑑定結果を再検証して血液型の不一致に基づいて再審請求を行っている。当時の警察庁科学警察研究所のDNA型鑑定に対し専門家からは「正確な知識が要求されるジェット機を、素人が操縦するようなものだった」と言われているという。昔から疑わしきは罰せず、の格言があるが警察や検察もさることながら三審制度を設けている裁判所機能に一番疑問を感じる。まして人が殺された事件で現場検証すら裁判所がしないで書類だけで済ませてしまうなどというのは人が殺されたという事実をどれほど真剣に捉えているのか疑問に思わざるを得ない。真犯人をわざわざ逃がしているようなものだ。ずさんな警察や検察、裁判所の状態が日本ではもう何年も前から改善されていない。そのずさんさがチェックされないなどというのは民間企業ですら考えられない。さらに無責任なメディアがその状態を温存させている。メディアは検証機能を無くしてただ警察や検察のリーク情報を流すだけの機関になってしまっている。

水辺に憩う水鳥たち 嘴が黒い小鷺は白鷺の中でも一番小さい。夏には後頭部から長い冠羽が2本伸びる