岩手県はじめ東北や北海道には冬に向けての保存食の習慣が根ざしている。野菜や蛋白源である魚を秋のうちに加工して冬場の食料として保存する。その保存のためには塩と醤油が使われる。江戸時代には庶民にとって塩や醤油は容易く手に入るものではなかったろうが塩よりは醤油の方が少しだけ手にしやすかったかも知れない。醤油は農作物である大豆や小麦を原料とするからだ。釜石には県下で知られた1902年創業の藤勇醸造という醤油会社がある。愛知県には小麦を使わず大豆だけで造るたまり醤油と言うのがあった。家では使っていなかったが独特のまろやかでいてこくのある醤油だった。富士醤油の名で知られる藤勇醸造の醤油は釜石に来た頃職場の人から聞いていたが一年近くは賞味したことがなかった。それが匠の方のところで味合ってからはたちまち虜になり家で常備するようになった。甘味のある醤油だが刺身は無論、煮物や麺類の出汁にもよく合い、一度使うと手放せなくなる。アミノ酸が入るためかまろやかさもある。九州や北陸にも甘味のある醤油が造られているようだが一説には漁師が好むと言う。船上で食べる時に少し甘味があると何にでも使えるようだ。醤油は材料として小麦と大豆に塩が入るのでこの甘味を出すのがまた醸造家の腕なのだろう。以前釜石のラーメンが美味いということを書いたが、この冬場に釜石ではラーメン店43店舗巡りのスタンプラリーが行われている。釜石に限らず岩手のラーメンは基本的にあっさりとしたラーメンが多く、出汁に味わいがあり、美味いラーメンがほんとうに多い。まったく初めての店に偶然入ってもまず外れることはない。札幌や愛知などとはえらく違う。特に釜石の場合は麺が普通より細いのが特徴だがそれだけでなくどうも出汁の醤油に藤勇醸造のものが使われているようだ。そのせいかあっさりしていて尚、こくとまろやかさもある出汁になっており、ラーメンを食べ終わるとその出汁を飲む気にさせてくれる。同じ材料を使っても調味料である醤油の味でまったく違った味になる。釜石には料理の鉄人と言うTV番組に出場して陳 建一氏と対決した島村 隆氏が料理長をする中村屋という料理店がある。三陸海宝漬というアワビとイクラ、メカブを醤油に漬けたもので有名でもある。ここも初めて行った時は感激させられた。やはり何らかの形で藤勇醸造の醤油が使われているのだろうと思う。ただこの店はあまりにはやり過ぎたためもあってか地元での評判は悪くしている。三陸海宝漬なども地元の新鮮なアワビやイクラ、メカブを口に出来る人たちからすれば法外な値段に思えて来るのだ。そうした材料を新鮮で安く手に入れ、藤勇醸造の醤油を使えば簡単に同じような美味いものが作れてしまう。釜石は山海の幸に恵まれるだけでなくそうした新鮮な食材を活かせる調味料としての醤油にも恵まれている。

山に囲まれた釜石の夕暮れは早い