今朝は今冬はじめて家の周囲が真っ白になり雪が2~3cm積もっていた。昨日の朝は庭の水道が水を落としていたにもかかわらず凍結していた。仕方がないのでお湯をかけた。すぐに水が出て来てくれたので助かった。遠野から来られている職場の方の話では遠野は出て来る時ー9度にもなっていたそうだ。やはり沿岸の釜石と内陸の遠野では気温がかなり違う。日本の鮑について書かれた最も古い文献は調べてみると魏志倭人伝でそこでは鮑を鰒の字で表しており、その魏志倭人伝の末盧國について記されたところで 人好捕魚鰒水無深浅皆沈没取之 とあり、人々が深浅に関わりなく潜って上手に魚や鮑を獲っていると書かれている。末盧國は現在の九州の唐津市近辺と思われる。また万葉集に 伊勢の海人(あま)の 朝な夕なに 潜(かづ)くといふ 鮑(あはび)の貝の 片思(かたもひ)にして というアワビを詠った歌がある。この歌から磯の鮑(あわび)の片思いという言葉が生まれた。普通は二枚貝であるはずの貝が1枚しか貝殻を持たないところから片方が無いが片思いを連想させたのだろうと言われる。今でも伊勢のある志摩半島は鮑の産地だがこの地域で採れる鮑は黒鮑で三陸で採れる蝦夷鮑より丸味がある。鮑は耳貝科(耳の形をした貝)の巻貝で昆布やワカメなどの海藻を主として餌にしており、食べた海藻は鮑のキモにエキスとして溜められるのでキモには豊富な栄養がある。貝殻の表面のやや盛り上がった3~4個の呼吸孔を通して海水が流れる。夜行性のため日中は岩場で寝ているところを獲る。餌になる海藻の種類で貝殻や肉の部分の色や味が変わるそうだ。雌雄の判別はキモの色で付ける。雄は茶色で雌は緑色をしている。鮑は貝料理の中では一番料理法が多い貝だそうで食材の他に貝殻はボタンや古くから真珠色に光る貝殻を薄片にして漆器や木地の表面に付ける螺鈿細工(らでんざいく)として使われて来た。現在贈答品にはたいていのし紙が付けられているが昔は鮑の肉を延ばしたものを干してそれをのしとして使ったそうだ。伊勢神宮では現在でもこれを神饌として供えていると言う。志摩半島の黒鮑の漁期は夏でその頃がまた最も味がいいそうだが三陸の蝦夷鮑はむしろ初冬が漁期で味もこの時期が美味い。寒風の中で口開けと呼ばれる漁が行われ、志摩半島のように海女が潜って獲るのではなく、舟の上から箱眼鏡で海底を覗きながら鮑を探して、長い引っかけ鉤の付いた竿で鮑を獲る。蝦夷鮑は北海道の日本海側や津軽海峡沿岸から東北地方沿岸部にかけて獲ることができ、黒鮑の北方系亜種とされる。いずれにしても一般には鮑は超高級貝になるが釜石に生まれた人たちにお聞きすると子供の頃貧しい家ほど学校の弁当は鮑とご飯だけの弁当で、人に見られるのが恥ずかしかったと言う。こんな話を聞かされたときは何と贅沢な話だと思ったものだ。釜石の人たちは当然だが志摩半島の黒鮑より釜石の蝦夷鮑の方がずっと美味いと言う。どちらにしても獲れたての新鮮な鮑はもうたまらない美味さには違いない。

獲れたての蝦夷鮑 黒鮑の生息地に移すと黒鮑型になるらしい

歯ごたえのある美味な新鮮な鮑の刺身 地元にいると市価よりかなり安く買わせていただける

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