甲子川の川沿いの土手を歩くと必ず出会う鳥がいる。セキレイだ。大方はセグロセキレイだがたまにハクセキレイのこともある。ごくまれにキセキレイに出会う。我が家の門前には舗装された道路と駐車場があるがそこにもしょっちゅうセグロセキレイがやって来る。スズメの次によく見かける。セキレイは河原のある河川の近くで見かける鳥で河原がないあたりになると見られなくなるが市街地や山の中の林道などにも現れる。そうした場合も近くに川が必ずある。日本では13種のセキレイがいるそうだが通常は先にあげた3種がほとんどだ。特にセグロセキレイは日本固有のセキレイだと言われるほど大部分が日本で繁殖するようだ。日本でのセキレイは意外に古くから各地で人々の生活に溶け込んでいたようだ。セキレイが家や庭に巣を作ると、家が富む(広島)、その家に喜びがある(福島)、子宝に富む(群馬)、家畜の繁殖や健康の兆し(宮崎)などと言われて来た。そして調べてみるとそれらの由来は日本書紀にあるようだ。日本書紀巻第一 神代上に 一書曰、陰神先唱曰、美哉、善少男。時以陰神先言故、爲不祥、更復改巡。則陽神先唱曰、美哉、善少女。遂將合交。而不知其術。時有鶺鴒、飛來搖其首尾。二神見而學之、即得交道。(岩波文庫 日本書紀(一)) 一書(第五)にいう。女神が先に唱えていわれるのに「ああうれしい。立派な若者に会えた」と。そのとき女神のことばが先だったので、不祥であるとして、また改めて回り直した。そして男神が先に歌って「ああうれしい。愛らしい少女に会えた」と。そして交合しようとした。しかしその方法を知らなかった。そのとき鶺鴒が飛んできて、その頭と尻尾を振った。二柱の神はそれを見習われて、交合の方法を知られた。(講談社学術文庫 日本書紀(上)) 要するに天降った伊奘諾(いざなぎ)・伊奘冉(いざなみ)が柱を回って出会ったところで夫婦の営みをしようとしたがその方法が分からなかった。それを飛んで来たセキレイの動作を見て教わり、その後国々や神々を産み出したというのだ。このころの気象から考えてもここで言うセキレイはやはりセグロセキレイのようだ。ところがこの日本書紀に記された神話は台湾のアミ族やアイヌにもほぼ同じ内容で男女がセキレイから夫婦の営みを教わる話がある。アイヌの伝承と日本書紀に記された伊奘諾(いざなぎ)・伊奘冉(いざなみ)の時代はともに縄文であろうと思われる。アイヌ語はほぼ縄文語ではないかという説があるがそう考えると東北地名にアイヌ語地名が多いことも納得できる。アイヌ語地名はしかも関東よりも南でもあるのではないかと言われている。セキレイの伝承は縄文時代の日本周囲との交流の中で伝わってきたもののように思える。

キセキレイ 比較的よく見かける3種のセキレイの中では最も色鮮やかだ