子供のころから音痴なのだが歌は好きだった。小学校1年で学校で流行歌をしょっちゅう歌って教師に叱られた記憶がある。中学の音楽の授業で何の歌だったか忘れたが音楽の教師にみんなの前で歌わされてチョコレートのようないい声をしていると褒められたこともあった。しかし楽器一つ奏でることができず、耳で聴いて歌を覚えても音程が上手く取れなかったりする。歌はそもそも詩であって詩に音程を付けたものだ。だから詩のいいものに惹かれる。釜石のように自然が豊かであれば尚のこと詩人であればよかったのにと思わずにはいられない。現在歌える数少ない曲のうち渡哲也が歌う風蕭蕭(かぜしょうしょう)と、と言うあまり知られていない歌がある。詩も好きだが何よりその題名が気に入っている。風蕭蕭と と言う明らかに漢詩風の言葉は恐らくだが作詞家水木かおるが中国の故事から取ったものではないかと想像している。中国の春秋戦国時代に天下統一を進め、韓、趙を滅ぼし、趙と燕との国境を流れる易水に臨んだ始皇帝を前に、衞の国に生まれたが燕の国の依頼を受けた刺客荊軻(けいか)が始皇帝の暗殺に赴く際に詠った 風蕭蕭兮易水寒,壯士一去兮不復還 (風蕭蕭(せうせう)として易水(えきすゐ)寒く 壯士 一たび去りて復(ま)た還(かへ)らず) に由来するのではないかと。史記卷八十六・刺客列傳第二十六にある。この詩は太平洋戦争の日本軍兵士にも詠われたそうだ。渡哲也の 風蕭蕭と の歌はテレビドラマの4匹の用心棒の主題曲であり中国の古の刺客の心に通じるものがあったのではないだろうか。荊軻はよく書を読み、友人の奏でる筑に合わせてよく歌ったという。始皇帝の暗殺に失敗し、自ら始皇帝の前で胸を開き始皇帝に胸を刺されて果てた。台湾映画に 馬鳴風蕭蕭 という題名の映画があるがこちらは唐の詩人杜甫の戦乱を控えた兵士の心を詠った後出塞(こうしゅっさい)という漢詩から取ったのではないかと思われる。映画も剣の達人成紅梅の愛馬黒水仙が主人の墓前で百日墓を守った後の黒水仙の行方をめぐるあらすじになっているようだ。最近の若い世代の歌はどうもついて行けないがリズムや音程もさることながら何よりも歌詞がどうもうなずけないことが多い。自分で歌えるかどうかは別にして歌ってみたいと思う歌はだいたいは詩がいいものが多い。基本的に詩人の心が作詞する人には必要だと思う。当然のことなのだが。むろんたまにはメロディーがよくって気に入るという場合もある。気のせいか最近は詩人が少なくなって来ているような気がする。

薬師公園にも秋の色がやって来た

薬師公園にも秋の色がやって来た