釜石市出身の歌手あんべ光俊は坂本九に 夜のしずく を、オフコースに 一億の夜を越えて の歌詞や曲を提供している。その彼が自ら歌う、柳田国男の著書と同名の遠野物語は彼の代表曲の一つとしてよく知られている。この遠野物語の曲の中で 月夜の晩の福泉寺 と歌われる福泉寺は釜石近辺の寺の中では県内でも比較的よく知られる寺だ。6万坪の広い境内では春の桜にはじまり秋の紅葉まで季節ごとに楽しむことができる。またこの寺は真言宗でもあるので岩手県内で唯一の四国八十八箇所と西国三十三箇所の写し霊場が境内にある。弘法大師として知られる空海は774年四国讃岐に生まれ、京に出て、唐へも留学したが四国で修行のため四国各地を遍歴し、山岳信仰の霊峰石鎚山(1,982m)などでも修行を行っている。この空海の四国での修行時代に遍歴した場所が後に四国八十八箇所の霊場となった。四国愛媛の生まれなので子供の頃遍路姿の人たちをよく見かけた。子供たちはみんなお遍路さんと呼んでいた。東京生まれの二十歳過ぎの甥が昨年この遍路姿で四国八十八箇所を巡り終えた。大学の春休みと夏休みなどを利用して何回かに分けてであった。四国の生まれだが四国八十八箇所については具体的なことはあまり知らなかった。先日職場の方から偶然尋ねられたのをきっかけに調べてみた。阿波の徳島にある一番札所の霊山寺にはじまり時計回りに四国を回り、讃岐の香川にある八十八番札所である大窪寺で終わる。阿波が発心の道場と呼ばれ、土佐が修行の道場、伊予が菩提の道場、讃岐が涅槃の道場となる。一番から順に回る順打ちと逆に回る逆打ちがあるそうだ。総距離が1,400Kmあまりになる。今昔物語や保元物語にも記されており、霊場に残る落書によれば平安末期には既に人々が巡礼を行っていたようだ。霊場は心と体の修行の場で、八十八の煩悩を除き、八十八の功徳をもたらすと言われる。金剛杖を持った弘法大師が遍路を見守り八十八ケ所の結願へと導くとされる。遍路は服装も年齢も動機も様々だ。高野山で62歳で没した空海は佐伯姓であるところから讃岐に配された蝦夷の浮囚の子孫ではないかとも言われている。

遠野の福泉寺の広い境内 これらの木立の中に四国八十八箇所の写し霊場が設けられている